【豊つ国】
一切の物事において豊かである国。
豊つ国にはそういった意味がある。
それは真実を述べているのか、単純に望む国の姿か、はたまた、ただの自惚れか。それは誰にも分からないが、とにかく、いつの頃からかその国はそう呼ばれている。
***
松林が続く海岸線に、白波が打ち寄せている。
ゲンナたち一行は、砂浜のそばの岩場に蒸気艇を着岸させた。
一番乗りに豊つ国の地を踏んだゲンナは、遠く百八十度に広がる青白い山々に心を奪われる。
「びっくりしたか? ゲンナさん。この国、国土の八十パーセントが山ネ」
豊つ国は海に囲まれた、山の国なのである。
「なんか、すっげ〜景色だな」
ジンは、ため息混じりに感想を述べた。
ゲンナは大きく息を吸う。
彼女は、いつも、他国に行くとその地の香りを体中に吸い込んでみていた。この国は、潮と土と洗われた緑の匂いがする。
どの国も初めて行く国は神秘的に映るもので、この豊つ国もそうだった。
ぼやけた黄色い光。山も海も空も白いベールをかぶった青い色。
ゲンナは、体中が、内臓全てが、細胞一つ一つが、未知なる刺激に感動し震えているのを感じた。
「ああ」
ゲンナは思わず感嘆の息を漏らす。
東パフュノット大陸にある国々の原色的な印象とはまったく違う。西パフュノット大陸の華やかな国や古色とした国とも違う。なんと表現したらいいのだろうか?
全てが浅い幻の中に存在しているような不安定さがあり、それなのに確かに強いエネルギーを秘めているようにも思えた。
「ああ! 懐かしいネ。なんか涙が出てきたヨ」
ゲンナの隣で、ツバキが涙で目を滲ませている。
そうだ、ここは確かにツバキの故郷で、幻などではないのだ。だが、ゲンナは思わず訊ねていた。
「この国には、町や村は存在するのか?」
「勿論ネ。豊つ国、未開の地じゃないよ? ここは人気が無いから、静かだけど、城下町に行くと、すっごく活気があって華やかネ」
上陸直後に他の国とは明らかに違う豊つ国の城下町は、どんな風に活気があってどんな風に華やかなのか、ゲンナはひどく興味を惹かれたが、今回は観光できたわけではない。
アイシルもこの国に『神の火』求めて乗り込んでいる可能性がある、心残りだが観光は仕事を片つけてからでも遅くは無いだろう。
「城下町があるのか。城があるということは国王がいるのだな?」
「んん〜」
ゲンナの問いに、ツバキは腕を組んで考え込む。
「この国の一番エライ人、ウェーリズの言葉で言うと、ん〜難しいネ、えっと、そう、皇帝かな? うん。それが一番近いよ……多分……」
「皇帝がいる国か、立派な国ではないか」
ゲンナは皇帝という言葉をかみ締めるようにつぶやいた。
そんなゲンナにツバキはちょっとだけ首を斜めに傾けて訊ねてくる。
「じゃあ、早速行くカ?」
ゲンナは微笑み頷いた。
「ああ、そうだな」
だが、ツバキはすぐには出発せず、表情を曇らせて、何か言いにくそうに話し出した。
「んっと、ツバキの格好もそうだけど、二人の格好はこの国じゃ見慣れない格好だから、街道沿いに歩いていたら、すれ違った人に驚かれて、お役所に通報されちゃうネ。だから、出来るだけ道なき道進むけど、構わないカ?」
それはそうだろう鎖国などををしている国だ。ツバキが気に病むようなことではない。
「ああ、そりゃ勿論構わないよ」
ゲンナが気にした風もなく同意してやると、ツバキはパッと表情を明るくして、拳を天に突き上げた。
「じゃあ、出発進行ネ!」