THE DEVIL OF MERINTS APARTMENT HOUSE

メリンツハイツの悪魔

第五章 と言う名のおまけ

 ここから先は、おまけのお話です。あのエンドで満足の方はこれから先は読まなくてもいいかもしれません。
 少しモヤモヤが残っている方は、どうぞ読んでください。これで、モヤモヤが晴れるかどうかは、分からないんですけどね。


THE DEVIL OF MERINTS APARTMENT HOUSE 〜(ストルーム編)〜

 夏が短いその国の、レンガや石やモルタルで固められた町並みの『アルバルンツ・ストリート』 二〇二番地。そこにある『メリンツハイツ』三号室を訪ねるべく雑踏の中、停車した辻馬車から出てきたのはストルーム刑事だった。
 ストルーム刑事は感慨深げに扉を見つめた。そして、その『メリンツハイツ』三号室の戸を叩いく。

***

「やあ、ストルーム刑事今日はどういった用件かな?」
 戸をあけるやいなや、窓際の事務机に座っていたギンはこちらに目を向けそう聞いてきた。そのギンは、なにやらぶ厚い本を広げている。
 いやそれだけではない。ギンが座る事務机にもこの前来たときには見なかった大量の古びたハードカバーの本が平積みされていた。
 ストルーム刑事がその本たちに視線を奪われていることに気がついたギンはにっこりと笑って言った。
「今はね、ノノリを元に戻す方法がないか調べているのだよ」
 ストルーム刑事は驚いた。
「元に戻す方法? そんなのがあるのかい?」
 だが、ギンは首を振る。
「いや、知らない。でも調べているんだよ」
 そういうギンの顔をよく見てみると、目の下に大きな隈が出来ていた。おそらく睡眠もろくにとらずにノノリのために調べ物をしているのだろう。
 ノノリが大きな体を揺らし、ゆっくりとギンに近づいた。そしてノノリは心配そうにギンの腕にそっと触れた。
 きっと、自分のために無理しないでほしいと、そう言いたいのだろう。と、ストルーム刑事は思った。
 ギンはそんなノノリに微笑みかけ、そっと手を握った。そして囁くようにノノリに語りかける。
「ああ、大丈夫だよノノリ……。僕が必ず、君を元に戻してあげるからね……」
 このときストルーム刑事は、おそらくギンは今、幸せではない。と、そう感じた。
 おそらくギンは、ノノリの今の姿を気にしていないわけではないのだ。むしろひどく気にしているのだ。それは、この姿のノノリを愛せないからではない、この姿を見るたびにノノリに申し訳なく思うからだろう。
 ギンはノノリの手を撫でながら、言った。
「ジュナさん。ストルーム刑事にお茶を淹れてあげてくれないか?」
 扉の近くにすえられた事務机に腰を下ろし、何か書き物をしていたジュナはペンを置き、頷いて立ち上がった。
「はい」
 ストルーム刑事はジュナに振り向き、手で制した。
「あ、いや、いいですよ」
 そしてストルーム刑事はギンに向き直り言う。
「今日は、たまたま近くまで来ていたから寄っただけなんだよ。もう帰らせてもらうよ」
 ギンはがっかりしたような顔をした。
「そうかい。それは残念だが仕方がない。じゃあジュナさん彼を下まで送ってあげて」
「はい」
 ジュナは笑顔で返事をした。

***

 部屋を出るやいなや、ジュナがストルームに話しかけてきた。
「ねえ、ご覧になられました? ギンさんの目の下の隈?」
「え、ええ」
 ストルーム刑事が返事をすると、ジュナは「ふう」とため息を吐いて言った。
「うらやましいです。ノノリさんが……」
 うらやましいのはギンの方だ。と、ストルーム刑事はジュナの横顔を見つめながら思った。
 階段の方へと歩き出したジュナはしんみりとした声で言った。
「本当に見つかればいいのに、元に戻る方法が……。そしたら、気兼ねなく正々堂々とライバル宣言だって出来るのに」
 そんなジュナの背中を見つめていると、ストルーム刑事の胸は締め付けられるようだった。ああ、彼女はいつまでギンを思い続けるのだろう。
 そう思いながらも、ストルーム刑事はジュナに声をかけていた。
「ジュナさん」
「はい?」
 ジュナが振り返った。
 言ってもいいだろう、これくらいなら多分構わないだろう……。そう思いストルーム刑事は口を開いた。
「あの……。今度のお休みの日、二人でどこか出掛けませんか?」
 それはストルーム刑事にとっては一世一代のセリフ。
 ジュナの頬が仄かに赤く染まったのは気のせいだっただろうか?
 少し戸惑った様子のジュナは、やっと口を開いた。
「あ……」

 ああ、休みの日は晴れるだろうか?

(ストルーム編 〜end〜)

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THE DEVIL OF MERINTS APARTMENT HOUSE 〜(ノノリ編)〜

 毎日、毎日、ギンさんが寝もせずに、ぶ厚い本を読んでいることをね、実はちゃんと知っていたんだ。
 だって、私も起きていたから……。
 起きて、特訓をしていたから。
 話す特訓を。
 でもまだ、上手くできないの。それにね、この喉から漏れる声は信じたくないくらい醜いものなのよ。
「君を元に戻してあげるから……」
 そう言ってくれたギンさんの言葉すごくすごく嬉しかったの。例え元に戻ることがなくても構わないって思えるくらいうれしかったの。
 それはもう泣きそうなくらいに……。でもね、泣いちゃうと醜い声が漏れちゃうからね、必死で我慢してたのよ。
 でもね、でもね。この声ででも伝えたいことがあるの。
 一人ぼっちだった私をね包んでくれたギンさんに。
 こんな姿の私をね抱きしめてくれたギンさんに。
 伝えたいことがあるのよ……
 だから毎日、特訓をするの。夜も寝ないで毎日、毎日。
 そしてちゃんと話せるようになったら。
 ねぇ、ギンさん……

(ノノリ編 〜end〜)

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THE DEVIL OF MERINTS APARTMENT HOUSE 〜(ギン編)〜

 ――辛いのは自分じゃない。

 窓から白い光が差し込んでいる。もう朝が来たのかもしれない。
 そうだ、また、新しい一日がやってきたのだ。また……
 だがまだ、ジュナが出社してくるまでには時間がある。それにモリスが消えて以来、事件も極端に減っている。
 時間があるのは嬉しい。いや、時間なんて本当はどこにもない。一刻も早く、そう一刻も早くあの子を元に戻してあげないと……。
 考えるだけで胸が痛む。二十歳をとうに過ぎた男の俺だとてあの姿になればきっと、耐え難い苦痛や惨めさを覚えるだろう。
 だが、あの子は少女なのだ。その苦しさは察して余りあるだろう。
 しかし、眠い……気を緩めるとすぐに眠ってしまいそうだ……。寝ている暇など……。あの子を元の姿に戻すまでは寝ている暇などないというのに。

***

「ギンさん朝ですよ」
 ジュナの呼び声と、戸を叩く音が聞こえた。それで俺は目を覚まし、古い本が山と積まれた書斎の机から体を離した。
「はあ。寝てしまった」
 中途半端な睡眠によるダルさと、自責とで俺は大きなため息を吐いた。そして伸びをして立ち上がり、寝室兼書斎を出た。
「おはようございますギンさん」
 寝室を出るとジュナが笑顔で迎えてくれた。俺は笑顔を返す。
「やあ、おはようジュナさん。清々しい朝だね」
 ふと視線を移すと、ノノリの姿が目に入った。ああ、もう起きてきていたのだ。
 ノノリはお手製の大きな椅子に凭れ掛かり、ぼんやりとした様子で天井を見つめて、何か口の中でもごもごと言っているようだった。
「また、徹夜されたのですか?」
 ジュナが心配そうな様子で聞いてきた。「そうだ」と言えば、「体に悪いから」とか何とかと、お小言を食らいそうだったし、「違う」と言ってもそんな嘘はすぐにばれそうだったので、ただ笑顔を返しておいた。
 くっると背を向けたジュナは、ため息を吐いた様だった。そして、ジュナは自分の事務机へとい歩いていった。
 徹夜は確かに辛いが、あの子に背負わせてしまった苦痛に比べれば、どうってことはないのだ。
 俺は自分の事務机を目指した。古びた本がここにも山積にしてある。
 事務机に腰を掛けると、ノノリがようやく俺が起きてきたことに気がついた。ノノリと目が合った。あまりに悲しそうなその瞳を見るたびに泣き出してしまいそうだ。たが、俺は笑っていないとダメなのだ、俺だけは笑っていないと、この子は余計に辛いはずだ。そう思い、俺は無理に笑顔を作ってノノリの腕を撫でた。
「おはようノノリ。昨日はよく眠れたかい?」
 そう言うと、ノノリが俺の手の上に、自分の手をそっと乗せてきた。
 ノノリがこの姿になって、こんな風に俺の手に確りと触れてきたのは初めてだった。それが、あまりにも嬉しくて、俺はノノリをじっと見つめた。
 そのとき、ノノリが口を開こうとしたことに気がついた。ノノリはここに戻ってきてから一度も声を発したことがなかった。だから俺はその声を聞こうと、注意を傾けた。
 ノノリはやや躊躇しているようだったが、ある瞬間に覚悟を決めて口を開いた。
 それはひどく言いにくそうで、そしてひどくくぐもった声で聞こえにくいことこの上なかったが、だが確かにノノリの口から発せられたそれは人の言葉だった。
 ノノリはこう言ったのだ。
「ありが……と」
 その瞬間俺は泣き崩れていた。きっと、ジュナは怪訝な顔で俺を見ていたに違いない。それでも俺はお構いなく泣いていた。胸が熱い、色々な思いがこみ上げてきてそれらが涙としてあふれ出てくる。
「ノノリ、ノノリ……」
 そんな俺の背中をノノリはそっと撫でてくれていた。
 ああ、ノノリお礼を言うのは僕の方だよ。と、そう言いたかったけど、言葉は嗚咽にまみれて出てこなかった。俺はいつからこんなに涙もろくなったのだろうか?
 しかし、ああ、ノノリノノリノノリノノリ……いつの間に練習していたんだい? 俺のために頑張ってくれたのかい?
 俺は涙に濡れた情けない顔を上げてノノリを抱きしめた。
 必ず、必ず、元に戻してあげるから……。例えこの命を代償にしてでも元に戻してあげるから。
 ああ、ノノリノノリノノリ……俺はやっぱり君を愛してるようだよ。
 愛してる愛してる愛してる愛してるよノノリ!
 だから、ねぇ……君の笑顔をがもう一度見たいんだノノリ……

(ギン編 〜end〜)


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