【名探偵ゆう】
二人の旅に胡散臭い仲間が加わった。だが、手ぶらの二人には有難い仲間だった。
荷馬車には十分な食料が積まれてあったし、天蓋つきの荷台は簡易のホテルになった。
何より喜ばしいのはセラが、ゆうと会話していると、よく笑うのだ。
国道一号線の外れにある小さな洞窟。そこが今夜のお宿。
小さな焚き火を囲んで、ささやかな夕食をとれば、その後はおしゃべりの時間。
「絵本?」
言いながら、ゆうが小首をかしげた。
セラが微笑みながら頷く。
「昔ね、ブルウと一緒に読んだ絵本にあったの。小鳥がさえずり緑生い茂る美しい楽園が」
その思い出は、いわゆる薔薇色の単調で幸福な懐かしい日々。ブルウは、まぶたを閉じて思い出に浸る。
――ねぇ見てブルウ――
幼いセラが、そう言って絵本を指差した。それは楽園の絵だった。
――私、ここに行きたいなぁ――
セラが、幸せそうに、それでいてどこか寂しそうな顔でそう言うから……
――どこへ行くの?――
幼いセラが、目を輝かせ、振り向き言う。
セラを乗せた車椅子は、町中を駆け回る。
二人は笑いあい、そしていつもの合言葉。
――楽園を探しに!――
セラも、あの日々を思い出しているのか、どこか遠くを見つめながら言った。
「……私がね、其の楽園の絵を指差して、ここに行きたい。って言ったら、それ以来ブルウは私の車椅子を押して、町中を駆け回ってくれるようになって……。くすくす……。合言葉は『楽園を探しに』だったのよ」
自分にとってではない。セラにとっても大切な思い出であることに、ブルウは、たとえようの無い幸せを感じた。
「いや〜ん。ロマンチック〜」
ゆうは、両頬に手を当てて、うっとりとしている。
キョウは、そんな、ゆうを、愛おしそうに見つめながら言った。
「なんか奇遇だな。実は俺と、ゆうも、楽園を探す旅の途中なんだ」
「は?」
ブルウは思わず聞き返す。ゆうが答えた
「そ〜なのぉ。ゆうと、キョウ様は二人だけの楽園を探しているのぉ。だって、二人はアダムとイヴだから〜」
「はああ?」
ゆうとキョウは微笑みあい、声を合わせ「ね〜っ?」と言った。
ブルウは、いっきに夢から覚まされる。
「うっ……。この二人、美人なのにもったいない……。っつか、本気? 楽園でアホのサラブレッドでもつくる気?」
「くすくす……。アホのサラブレッドだって。ゆう?」
「な〜んか平和な感じね〜。キョウ様ぁ」
幸せそうに見つめあうキョウとゆうは、次第にうっとりし始め、人目気にせず口付けをする。
「うわっ!」
目を逸らし真っ赤になって、動揺しているブルウを横目で見てゆうは、にんまりと笑った。
「んふふふ〜。初々しいぃ〜♥」
「なっ!」
「ふっ……くすくすくす」
セラは、そんなやり取りを見て愉快そうに笑った。が、ゆうは真剣な顔に戻ってセラの前に進み出る。そしてセラの瞳をじっと見つめて言った。
「無理して笑わなくてもいいのに」
「え?」
セラが驚いた顔をした。
「ちっちっちっ。鈍感ブルウは誤魔化せても、この、ゆう様の目は誤魔化せないのよ?」
ゆうにそう言われ、セラの顔から笑顔が消えた。
「ん? セラ、何か思うことがあるなら吐いちゃってよ。私たち親友でしょ?」
(いつの間に親友になったのだ?)
と、ブルウは思ったが、実際そうなのかもしれない。いつもセラのことを気にかけて見ている筈のブルウがその変化に気がつかなかったのに、セラが無理して笑っているということを、ゆうは気づいていたのだから。
セラは、意を決したようにブルウのほうに向き直り言った。。
「ブルウ……。ブルウは何を持っているの?」
「え?」
まっすぐに見つめられ、ブルウは軽く脳がしびれるような感覚に襲われた。
セラが俯く。そして自信なさげにこう言った。
「……ごめんなさい。私は何も知らないから、当外れな問いかけなのかもしれないけれど、でも、お兄様が、私を人質にしてでもブルウを連れ戻したかったのは、お兄様がどうしても手に入れたい何かをブルウが持っているからなんじゃないかしら、と思って」
ブルウは、少し考えてから頭を振る。
「俺の唯一の財産は、この身ひとつだけ。それに、アレックスとはまだ面会してなかったし、全然見当つかない……」
「そう……。ブルウにも、分からないのね……」
セラは少し肩を落とした。
「はっは〜ん」
ゆうが、おもむろに立ち上がる。
「名探偵ゆう様が、この謎を解き明かしたわ!」
「え!」
視線が一斉に、ゆうへ、と注がれる。ゆうは、エッヘンと、ばかりに咳払い。
「ズバリ! セラのお兄ちゃんの欲しいものはブルウそのもの!」
「は?」
ブルウは当たり前に、呆気にとられる。
ゆうは、どこか遠くを見つめ熱く語る。
「彼はブルウを愛してしまったのよ。だから、可愛い妹はブルウの心を奪った憎き恋敵!」
「は? ちょっと! 何わけ分からんことを?」
「ああ! なるほど〜。そうか〜。ゆうは感がいいねぇ」
ピンと人差し指を立てそう言って、キョウは深く頷いた。
「って、なに納得してるんですか、キョウ様!」
と、ブルウ。
「まあ。お兄様って、そういうご趣味が」
と、セラは少し頬を赤らめた。
「ってか、セラまで!」
セラまでアホなノリにのかったことに、いや、もしかしたら本気にしているかもしれないことに、ブルウは多少ショックを受けた。
ゆうは、誇らしげに左手を腰に当て、右人差し指を天に掲げる。
「これにて、一件落着ぅ!」
「いや! それはそれで大事件だから!」
ブルウの届かない突っ込みが、むなしく夜空に響く。
【夜襲】
「話し声が途切れて、約一時間、だな」
木の陰に隠れている男がそう言った。男は、一度ブルウに返り討ちにあった口髭の男。
その男は、焚き火の明かりが漏れている洞窟を、国道を挟んだ反対側の小高い山から観察している。
そこは、ブルウたちが休んでいる洞窟だ。
「そろそろ寝静まった頃か……」
二度の失敗は許されない。男は険しい顔で剣の柄を握る。
「行くぞ! お前たち!」
と、勢いつけて叫ぶはいいが、仲間の返事が返ってこなかった。男が不審に思って振り返ると、
「いない? ああ!」
視線を落とすと、いかつい六人の男がその場で伸びている。連れて来た仲間だ。
「っ! なにがあったのだ?」
伸びている仲間に近付こうとしたとき、口髭の男の喉もとに白刃が突きつけられた。
「うっ!」
横目で確認すると、真横に長身で端整な顔立ちの男が立っていた。
その美形の男は真顔で言った。
「動くと死ねる、よ」
口髭の男は真っ青になりながらも気丈に問う。
「ぐっ! お、お前がやったのか?」
やはり美形の男は真顔のまま淡々と答えた。
「大丈夫。死んでない」
口髭の男は必死で間をつなぎ、形勢逆転のための策を練る。
「っ! なにが目的だ!」
美形の男は答える。
「帰ってアレックスに伝えておいて欲しい。暫くはブルウに近付くな……と」
「なんだと!」
アレックスの名を聞いて、さすがに口髭の男は驚いた。どうやら美形の男はアックスの知り合いのようだ。
美形の男は今度は少し軽い口調で言った。
「ブルウに近付けば、ヴァリアック家を敵に回すことになる、とも、付け足しておいてね」
ここは言う通りにするのが賢明だと悟ったのか、口髭の男は、かすれた声で了承した。
「っ……分かった」
美形の男は、わずかに笑み剣を引っ込め言った。
「さあ、行きなさい」
「ふん!」
チャンスとばかりに口髭の男は剣が引っ込められると、すかさず抜刀しその勢いのまま長身の男の首を狙った。
首を狙われた美形の男は颯としゃがみ避け、両手を地に着け口髭の男を両足で蹴り上げた。
「ぐはっ!」
そう呻き、口髭の男は吹き飛んで倒れた。
美形の男は手を掃い、淡い月明かりに照らし出された意識のない男を見下ろす。
「暫くそこで、お寝んねしていなさい」
【昔話】
「くしゅんっ」
セラの可愛いくしゃみでブルウは目が覚めた。
「ああ。火が小さくなっている」
ネオアトランティスは、第二変革期以前のイギリスより一回りほど大きく、最北が北緯六十度、最南が北緯五十度なので、秋が早く来る。
まだ、九月に入ったばかりだが、日が沈むと、ぐんと気温が下がった。
ブルウは火に薪を足し、セラに自分の毛布も掛けてやる。
すやすやと眠るセラの顔を見つめ、ブルウは自然と微笑み、そっと、その金の髪を撫でた。
「チュウするの?」
「うわああ!」
ブルウは心臓が飛び出るほど驚いた。
「し〜っ! セラ起きちゃうよ」
ゆうに、注意されブルウは口に手を当て、セラに視線を移す。セラは起きる様子はない。ブルウは、ほっと胸をなでおろした。
「吃驚させないでくださいよ。ゆうさん」
そう小声で言うブルウは、何故か素性のよく分からないキョウと、ゆうに敬語を使っている。
「ごめ〜ん。邪魔しちゃったぁ?」
「そうじゃなくて」
ブルウは、自分でも気づくくらい真っ赤になった。
それを見てゆうはかるくため息を吐いた。
「はぁ、んも〜。初々しいのもいいけどね。やっぱり女の子は……」
「いいです」
ブルウは、ゆうの言葉を制した。そして大きなため息をつく。
「はああ。何やってるんだろうな? 俺」
ゆうは、そんなブルウを微笑ましげに見つめた。そして、
「二人はどこで出会ったの?」
今までとは違う、優しい声で聞く。
パチパチと、燃える火はブルウの影を揺らす。
ブルウは、ぼんやりと揺れる炎を見つめる。
そのうちブルウは、まぶたを閉じて独り言のように、ぽつりぽつりと思い出話を始めた。
「始めてセラと会ったのは、街の大きな教会でした。俺は七歳。別に信心深くもなかったけれど昔から人が集まるところが好きだった俺は、自然とそこに足を踏み入れていたんです。
セラは、その頃には、もう車椅子に乗っていました。そしてセラは差し込む日の光よりも……。
俺は、セラに勇気を出して話しかけたんです。そしたら、セラは柔らかく微笑んでくれて、ああ、もう、それが飛び上がるほど嬉しくて、それ以来俺は調子に乗って、セラを連れまわすようになりました。
十歳のときでした。女手ひとつで育ててくれた俺の母が他界しました。母は財産を残していてくれたけど、一生それで食いつないでいくことは出来ないので、俺がそのころ夢中になって見ていた大道芸人に弟子入りしたんです。
俺は、彼に付いて旅を始めました。そして十三歳の頃、師匠は未熟な俺を『修行だ』と言って独り立ちさせました。
それからは毎日がめまぐるしく過ぎて、そのうちに俺は十五になりました。
ある日、いえ、ほんの数日前です。俺の前にスミスカンパニーの使者がやってきましたた。アレックスが俺を探しているというのです。
何故かは理由が分からなかったけれど、そのお陰で俺はセラとの再会を果たすこととなったのです。
無機質な冷たいカンパニーの施設。その中庭にセラはいました。俺の胸は当たり前に高鳴っていたけれど、振り向いたセラを見て今度は切なくなりました。
セラは、あの頃のようには笑っていなかったんです。周りを囲む建物のように無機質な、心がまるで凍り付いているみたいな、そんな顔をしていました。
そんなセラを見て俺は、衝動的に彼女をカンパニーから連れ出していたんですよ……」
ブルウは、すやすやと眠るセラを見つめて切ない顔をした。
「セラは、外の世界が見たかったから嬉しい。って言ってくれたけれど、俺は自分が信じられない。勝手に連れ出しても、セラにしてやれることなんて何もないことくらい自分自身が一番知っているはずなのに……」
ゆうは、ブルウの横顔を優しい眼差しで見つめる。
「……理屈じゃないわよ。それが愛ってやつなのよ」
ゆうが、そういった時ブルウは、ふと気づく。
「あれ? キョウ様は?」
「お散歩でしょ?」
「え? だって、こんな時間に?」
「行くよ」
噂をすれば影。キョウが洞窟の入り口に立ちながら難しい顔をして立っていた。そして今度はこう言った。
「追っ手がすぐそこまで来ているんだ。今すぐ出発しよう」
ゆうは、軽く頷き、毛布を丸めてキョウの元へと走っていく。ブルウは、眠れる姫を毛布ごと抱きかかえようと、そっとセラに触れる。
ふと、ブルウは洞窟を後にしようとしているキョウとゆうに目をやった。そして、ブルウはその不思議な二人の後姿を睨むように見つめる。
(あの二人……。何か知っている?)
【軍】
ぽっかりと浮かぶ雲。今日は暖か、いい天気。
御者台の後ろに設えられた段にセラを挟んで右にゆう、左にブルウが座っている。キョウが御者のその荷馬車はのんびりと国道を行く。
「セラは十六歳か〜。じゃあ、ブルウよりひとつお姉さんだ」
ゆうが抜けるような明るい声でそう言った。セラが答える。
「ええ。ゆうは幾つなの?」
「私は、キョウ様と同じ十八歳」
ゆうと、セラは飽きもせず、あまり意味のない会話を続けている。
進むうち、国道の二股に差し掛かる。キョウは、迷いもせず右へと進路をとった。
セラは小首をかしげた。
「あら? あの街には寄らないの?」
左の進路の数キロ先に高層ビルが立ち並ぶ大きな街が見える。
「あの街が楽園だと思う?」
ゆうが聞くと、セラは頭を振った。それを見たゆうは頷き、遠くの街を眺めて言う。
「そうだよね。ここから見ていても息苦しそうな街……。あそこの支配者は厄介な男で、ブルウも知っていると思うけど、軍事国家なのよ」
「軍事……国家……」
セラは、少し震えた消え入りそうな声でその言葉を繰り返した。
街のそばの空き地で、剣を振り回す群青色の軍服男たち。軍事訓練をしている様だ。
「お兄様も、軍をお持ちだわ……」
何かが始まろうとしている。それを感じ取ったのかセラは軽く身震いをした。
ゆうは、そんなセラを心配げに見つめた後ブルウに視線を移す。
考え事でもしているのだろうか、ブルウは身じろぎもせず、ずっと黙り込んでいた。
【鍵】
アスファルトに固められた誇りっぽい街を、少女はぼんやりと歩く。
裾のほつれた薄い生地の赤いワンピースの……
「この街は嫌い」
少女はつぶやく。
歩くうち、少し開けた土地に出る。磨かれた石が敷かれた、噴水のある広場。街の人々の憩いの場であり、スミスカンパニーの前庭でもあるその広場。
その先、大きな階段の奥にガラス張りの出入り口を持つ真っ白なドーナツ状の建造物が見える。それには向かって右手側に円柱の塔がくっついていた。
そう、その建物こそが、スミスカンパニー本社である。
塔にはもう一つガラス張りの円柱がくっついている。シースルーのエレベーターだ。だが、それが動いている様子を見たことのあるものはない。
少女は、カンパニーの塔を睨むように見上げる。
「この街は、嫌い」
「ヴァリアック……」
スミスカンパニー本社。塔の最上階にある社長室で、仕事机の前に腰掛け、アレックスは眉間にしわを寄せた。
「はい。報告によりますと、その男は確かに『ヴァリアック』の名を口にしたそうです」
と、答えたのは、黒い髪を後ろでひとつに縛り、赤い唇、切れ長の目、鼻筋が通ったその美女。その美女は若草色のスーツをピシリと着こなし姿勢よく立っている。彼女は秘書だ。
「ブルウに近付くなと、警告してきたのだな?」
アレックスが聞く。秘書は重々しく頷いた。
「はい。しかし、何故ヴァリアック家が?」
「分からんな。だが、ヴァリアック家の者は代々、地球の声が聞こえるそうだぞ?」
珍しくアレックスは試すような悪戯っぽい笑みを浮かべた。冗談の通じない秘書は真顔で答える。
「まさか」
「まさか……だが『ツーオイの欠片』の奇蹟を信じる私は、それさえも真実と思えるのだがな」
今度は真剣な顔でアレックスは言った。
「……いかがなされますか?」
秘書に問われ、アレックスは少し沈黙し、答えた。
「……いい。指示は後で出す。下がっていなさい」
「はい」
秘書の女が退出した後、アレックスは険しい顔つきになる。そして独り言を言う。
「……。何故お前がこんなところに出てくる?」
「まさかお前も、ツーオイの欠片を手に入れ、その秘密を知ったというのか?」
少し、間をおき、アレックスは笑い出した。
「ふふふ。それで、鍵に接触したのか? まったく、お前が野心家だったとは知らなかったな……」