【アレックス】
「久しぶりだな。ブルウ」
ブルウが軍人たちに連れてこられたのは、カンパニー本部の、おそらく地下にある部屋だった。そこにアレックスが待っていた。
(アレックスは、こんな顔をしていたっけ?)
と、ブルウは久しぶりに見たアレックスを見て思った。アレックスの顔はうろ覚えだが、もっと穏やかな顔をしていたような気がしたのだ。
アレックスは目を細めて言った。
「何年ぶりだろうな。確か君と初めて会ったのは私が十一歳の時。次の年に私は某学園へ入学したから、アレ以来。七年ぶり……と、いうとこか」
「それが、ツーオイの欠片なのか?」
と、ブルウは言った。その手狭な部屋の真ん中の、アレックスの背後、真っ白な台の上にあるガラスの筒に入っている、透明の石の欠片が目に入ったからだ。
アレックスは、眼鏡を押し上げる。
「知っているのなら、話は早いな。ブルウ。私には、お前の力が必要だ」
ブルウは、頭を振る。
「俺は……」
「ついて来なさい。ブルウ」
答えを待たずにアレックスは、ブルウを横切り、部屋を出て行く。ブルウは、黙って後に従った。
アレックスはどこへ向かっているのだろう? 彼は、足音を高く響かせながら、ブルウに語りかける。
「アレは、ツーオイの欠片は、私の祖父が、君の祖父から預かった物だ。祖父の日記を読むことがなければ、それが、とんでもない力を秘めた石であることなど、知らないままでいただろうな」
アレックスは、階段を上り始める。そこは、塔にあたるところだ。
「昔、第二変革期以前。この国は国連という組織が納めていた。この国に自治権は認められていなかったのだ。いや、国としてさえ認められていなかった。だが、たくさん出来た小さな街に、小さな意味での自治権を認めた。それが今のネオアトランティスの混乱に繋がっている」
階段を上る途中、いくつかの部屋を過ぎた。
「欲を出したあいつらのせいで、今、この国はバラバラだ。ある街などは不穏な動きを見せ始めている」
ブルウは、先日通り過ぎたあの、高層ビルの街を思い出す。「軍事国家」そう言った、ゆうの言葉が脳裏に浮かんだ。
「この国の未来のために、一刻も早いネオアトランティス統一が必要不可欠なのだ」
と、アレックスが言った。その背中にブルウは問いかける。
「そのために、ツーオイの欠片の力が必要なのか?」
ピタリ。と、アレックスの歩が止まった。白い大きな扉の前だ。
アレックスは、ブルウに向き直った。
「そう、ツーオイの生み出す、膨大なエネルギーが」
【革命者】
「こっちに来なさい。ブルウ」
アレックスは、社長室の大きなガラス窓の前にブルウを招いた。ドアの横に秘書らしい女性が姿勢よく立っている。
「どうだ。ここからならよく見えるだろう? 街の様子が」
言われて、ブルウも街の様子を眺める。
アレックスは、眉間にしわを寄せた。
「貧富の差。暴力。差別。これがこの国の現状だ。だが、第二変革期以前の世界はもっと酷かったという。……貧困。人身売買。暴力。孤独。詐欺。差別。破壊。無関心。自己中心主義者の増殖に、隙間に満ちていく悪意とその連鎖……。まさにエントロピーの極みだな……。なあ、ブルウ。ネオアトランティスも同じ道をたどっていると思わないか?」
アレックスは、やはり眉間にしわを寄せたまま、仕事机の前の椅子に腰掛けた。
「この国に、今必要なのは正しき指導者だ。まずは、この国をひとつにまとめねばならないのだ。近隣の日本人街などは、素直にカンパニーに従うと宣言したが、そうでない街もある。……この国の統一のためには、力が要るのだよ」
ブルウは、アレックスをまっすぐ見据え聞いた。
「力というのは、武力のことか?」
「そうだ。ツーオイの欠片の生み出すエネルギーがあれば、銃器の生産も可能だ。そして、エネルギーを手にするということは、権力や富を手にするということだ。……君には副社長の席を用意した。悪い話じゃないだろう? ブルウ」
「っ俺は!」
アレックスは、手で制する。
「待て。結論を急ぐ必要はない。じっくり考えておいてくれ。この国にとって、君にとって、何が最善か」
そう言った後、アレックスは机上のベルを鳴らす。
「お呼びですか?」
制服姿の男が、礼儀正しく入室してきた。
「さあ。話は終わりだ。セラに会いたいだろう? 君、彼をセラのもとに案内してやってくれないか?」
「はっ!」
制服の男は、敬礼し、回れ右して言う。
「行くぞ」
ブルウは、アレックスを一瞥し、何か言おうとしたが、黙って男の後に従った。
去り際、アレックスが思い出したように訊ねる。
「待て、ブルウ。お前は、ヴァリアック家の者と共にいただろう? 奴に何を言われた?」
「ヴァリアック? 誰が?」
振り向いたブルウが首を傾げると、アレックスは、少し笑った。
「何だ。ブルウ、知らずに一緒にいたのか? お前とセラが行動を共にしてい男は、ヴァリアック家の嫡子だよ」
「え? だって、あの二人は団体楽園の……」
「団体楽園? ああ、君の祖父の作った……。あの組織は、君の祖父が死に、君の父が死んだと知った時点で解散しているはずだが?」
「……え?」
解散している組織の名を彼らは語っていた。一体何故なのだろうか。その事実を知ったブルウの胸は、激しく騒いだ。
「よろしいのですか? ブルウを自由の身にしておいても」
と、秘書が仕事机の椅子に腰掛けるアレックスに問うた。アレックスは秘書を見ることもなく言った。
「構わん。セラがここにいる限り、あいつが出て行くことはない。……お前も、もう下がっていい」
「はい……」
秘書が退出した後、アレックスは額に手を当て深いため息をついた。その顔に、憂いと疲労の色が浮かんでいる。
「眼鏡もいいですよねっ」
「!」
突然聞こえた女の声に、アレックスは顔を上げた。
「ええ〜! ゆうは、あんなのがタイプなの〜ぉ?」
「いや〜ん。ヤキモチ〜? んもう。キョウ様ったらぁん。そうじゃなくて、キョウ様は、眼鏡も似合うだろうな〜って、意、味ぃ」
「なっ! キョウ!」
アレックスは、思わず立ち上がり叫んだ。キョウと、ゆうは、応接用のソファで、いちゃついている。
「おっ、お前、どこから入った!」
キョウは、にっこりと笑った。
「らしくないな。取り乱して」
我に返ったアレックスは、また、ため息をついて椅子に深く腰掛けた。そして、気の抜けた声で聞く。
「何をたくらんでいる?」
そう言ったアレックスは、不適に笑むキョウに視線を投げかけ、今度はこう言った。
「お前に、道化は似合わないぞ」
キョウはにっこりと微笑んだ。
「たくらむ? それは人聞きが悪い。俺は、いや、我々ヴァリアック家の者は、地球の声に従って、ずっと探し続けているだけだよ?」
アレックスとキョウの視線がぶつかった。キョウは、たっぷりと間をおいてから口を開いた。
「楽園の王、をね」
アレックスは、眉間に力を入れた。
それを見たキョウは立ち上がり、つまらなさそうに言った
「せっかく遊びに来たのにアレックスくんは怖い顔しているし。もう帰ろうか? ゆう」
ゆうも立ち上がり、キョウに同調するようにい言う。
「ええ。帰りましょ、帰りましょ、キョウ様。なんか睨まれてるし、早く帰りましょ」
「じゃあ。またね」
キョウは、ひらひらと手を振り、社長室から出て行った。
嵐が去った。
「頭痛がする……」
アレックスは、人差し指で眉間の筋肉をほぐす。そして、ガラス窓の向こうへと視線をやり呟いた。
「楽園だと? 楽園など人間には上等すぎる」
【いくさ】
「セラ」
ブルウは、カンパニーの中庭でぼんやりとしているセラに声を掛けた。
セラは、ゆっくりと振り向く。
セラの世話役をしている長身で、そばかすの目立つ腕力のありそうな女が、嫌悪感もあらわにブルウを睨みつけてきた。おそらく、勝手にセラを連れ出したブルウを敵視しているのだろう。
セラは、ブルウの顔を見て安堵の笑みを漏らす。
と、その時。突然けたたましい警報のベルが鳴り響いた。
「なんだ?」
廊下を慌しく走る軍人たち。彼らはみな一様に外へ飛び出していく。
「ごめんセラ。ちょっと見てくる」
「え? ええ」
どうしてもその様子が気になったブルウは、軍人の後を追って駆け出した。
噴水広場。カンパニーの前庭。磨かれた石の上。そこで、カンパニー軍と、別の武装集団が、剣を構え睨みあっていた。
その武装集団にブルウは見覚えがあった。
(そうだ、あの高層ビルの街の軍人たちが着ていた軍服だ)
群青色の軍服。ゆうが、軍事国家と評したあの街の軍人たちだ。
敵兵の将だろうか? 集団の中央にいた恰幅がよく、いかつい顔の男が、低く通る声で号令をかけた。
「掛かれーっ!」
敵兵が一斉に突進してくる。カンパニー軍も敵に向かって駆け出した。
「ついに来たか」
駆けつけたアレックスが抜刀し、鞘を投げ捨てた。そして叫ぶ。
「これは見世物ではない! 野次馬は去れ!」
それでも、野次馬たちは去る気配はない。アレックスは、ため息をつき、敵に斬りかかる。
「戦争だ……」
ブルウは一人ごちる。
ネオアトランティスを旅して回っていたブルウは、いつかこんな日が来るであろうことを、確りと感じ取っていた。
スミスカンパニーが治めるこの街は、この国の中でも、安全で安定した街だと言っても差し支えないだろう。
ただの大道芸人。ピエロの力などでは、人々を笑顔にさせることなど出来ないほどの、重苦しい、淀んだ空気の漂う街も他の場所にはあった。
「分かっているよ。アレックス」
アレックスは、この国の未来を憂えている。先のことを考えて、今は、力を欲しているのだ。
いつかこの国が滅びてしまわぬ前に。
ふと、敵陣での怪しい動きが見て取れた。気づいたブルウは、とっさに叫ぶ。
「爆弾だ! 逃げろ!」
「うわああー!」
野次馬たちが騒ぐ。カンパニーの軍人たちにも動揺が広がる。
爆音が、二箇所で轟いた。
辺りは、もうもうとした煙に包まれ、視界がさえぎられる。自分のいる場所さえも分からない。
そのうちに、火薬くさい煙が、風にさらわれ少しずつ晴れていく。
瓦礫の崩れる音に振り向くとエントランスが破壊されていた。もうひとつの爆発はどこであったのだろうか?
あたりを確認していたブルウは、ハッとした。もうひとつの爆弾は、野次馬たちの中に投げ込まれていたのだ。
「貴様ー!」
アレックスは敵軍の将を睨みつけ、怒鳴った。敵軍の将は、ほくそ笑む。
「これは、宣戦布告だ。これ以上の死傷者を出したくなければ我々に屈しろ。……アレックス・スミス。また明日来る。よい返事を待っているぞ」
男の高笑いと共に敵兵は回れ右をし去っていく。カンパニー軍の数人がそれを追おうとするのを、アレックスは止めた。
「待て!」
「し、しかし!」
アレックスは、こぶしを握り、唇を噛んだ。そして怒りを無理に抑えた震える声で言った。
「今は負傷者を収容するのが先だ」
【望み】
カンパニーの広い医務室で、ブルウは、負傷者の傷を消毒し、包帯を巻いていた。セラも、服を血で汚しながら、けが人に包帯を巻いている。ふと見ると、いつからいたのか、キョウと、ゆうもけが人の介抱をしていた。
医務室の奥では、カンパニーの医療スタッフが重症の患者の治療をしている。
ブルウは、うまく包帯の巻けないセラの傍へ寄っていった。
「貸して、セラ」
「ああ。ブルウ……」
手際のよいブルウを見て、セラはため息をついた。
「ダメね、私、何も出来ない……」
「へー。器用だね、ブルウ」
そう言って、ブルウの手元をキョウが覗き込んできた。後ろにゆうがいることに気づき、セラは顔を綻ばせた。
「まあ。ゆうに、キョウさん。どうしてここに?」
「セラに会いに来たのよ〜」
ゆうが、セラに抱きつくと、セラも嬉しそうに笑った。
その様子を微笑ましく見つめるキョウに、ブルウは視線を投げかけ聞いた。
「あなた、一体、何が目的で俺に近付いたんですか?」
キョウは首をかしげた。
「目的? 俺は地球の声に従っただけだよ?」
「は?」
キョウは真剣な表情になりブルウに言った。
「そんなことより、ブルウに言っておきたいことがあるんだよ」
「なんですか?」
ブルウは、何故か警戒する。
セラとゆうも、こっちに注目していた。
キョウは、ブルウの瞳をまっすぐ見つめ、落ち着いた口調で言った。
「ツーオイの欠片の力は、破壊のための力じゃない。君の思いひとつで力の現象は変わる。……ブルウ、君は、何を望む?」
「え?……俺の……望み?」
思いもよらない言葉にブルウは一瞬と惑ったが、ぐっと表情を引き締めて視線を移した。
セラが、キョトンとした顔でこちらを見ていた。