KING OF THE PARADISE

楽園の王

第三章


【ヴァリアックの庭】

 適当な場所で荷馬車を止めて昼食を済ませた一行は、また、国道を進む。

「二人の言う楽園って、どこなんですか?」
 今日はずっと大人しかったブルウが、思い出したように問うた。
 手綱を取るキョウは、ちらりとだけ振り向き、ゆうが答える。
「さあ? もしかしたら海の向こう……かもね」
「海の向こうって、まだ陸があるの?」
 セラが聞く。ゆうが頷いた。
「あるよ。建物が全壊して、生き物が絶滅しただけ……。すっかり海に沈んでしまったところもあるけど、陸はあるよ」
「海を渡る術はない、ですけどね」
 ブルウは、独り言のようにそう言った。ゆうはぽんと手を打った。
「おお! そうだったわ。でも、スミスカンパニーなら船くらい隠し持っていそうねぇ?」
 ゆうのその言葉にブルウが答えた。
「あっても、燃料がないんじゃないですか?」
 ゆうは顎をぽりぽりと掻く。 「ん〜なんか色々ほかの事に使っちゃったかなぁ?」
 孤立したネオアトランティスにとって、エネルギー問題は深刻だ。
 気がつくと周りには麦畑が広がっている。道もいつの間にか国道からそれて田舎道。遠くの丘で羊が鳴いた。牛もいるようだ。
 セラは、目を輝かせ辺りをぐるうりと見回した。緑の山々。輝く湖。丘の上、草を食む動物たちと田畑を耕す人々の生き生きとした瞳。
「なんて素敵なところ!」
 セラは思わず弾むような声でそう言った。ブルウもその景色に見入って呟いた。
「ここ……多分。ヴァリアック家の私有地だ」
 遠くに、第二変革期以前に作られた三つ羽の白い風力発電用風車が回っている。
 ふと、ブルウは新聞の写真の中で微笑むヴァリアック家の現当主の顔を思い出した。渋い中年紳士だった。彼は、自ら鍬を持ち、牛の世話をするという。
(こういうところを楽園と言うのかもしれない)
 と、ブルウは、明るい表情で瞳を輝かせているセラを見て、しみじみと思った。

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【楽園本部】

 ヴァリアックの庭を出て二日後。
 その昼過ぎに突然荷馬車を止めたキョウは、唐突に言った。
「ついたよ。楽園に」
 そこは海を臨む荒れた断崖絶壁の上。そこに小さな鉄筋コンクリートの施設がぽつんと一戸建っている。なんとも寂しい場所だ。
 キョウとゆうが馬車を降りた。
「……どこが楽園なんですか?」
 続いて馬車から降りたブルウがそう聞くと、キョウは施設の表札を指差した。

「団体楽園本部」
 ブルウはその表札の文字を読む。何故かその声には震えが混ざっていた。そんなブルウを見つめながら、キョウはかすかに笑みを浮かべて言った。
「うん。酷いネーミングセンスだよね。ああ、こういう言い方は失礼だね、ブルウのお祖父さんに?」
「なあに? どういうこと?」
 セラひとり、訳が分からないといった風だ。
 ブルウは、キョウを見据えている。それを気にする様子もなく、キョウは施設出入り口の取っ手を握る。
「ああ。開いた。さあ、中に入ろう」

 

 窓から射す光で、施設の中がぼんやりと浮かんでいる。
 部屋を囲むように設えられた二段の階段。部屋の突き当たりの、ど真ん中には地下へと続く階段もある。
「へ〜。中って、こんな風になっているのね。ここは集会場所ね。きっと」
 そんなことを言いながらゆうが、珍しそうにキョロキョロと施設内を見回す。
 ブルウは、部屋の奥に立つキョウを睨むように見据えた。そして聞く。
「あなたたちは、何者なのですか」
 きょうは不敵な笑みで答えた。
「アダムとイヴ候補、だよ」
「なに? 何の話をしているの?」
 ブルウの背後にいるセラが不安げな声で聞いてきたが、ブルウはキョウから目を離さなかった。
 キョウは気にせず、セラに視線を向ける。そしてセラに問うた。
「セラ嬢は、ご存知ですか? 二度の世界的大地震。その二度目は、人為的なものであったということを」
「え?」
 思いがけない言葉に、セラは当然のように呆気に取られている。ブルウは、強く瞳を閉じた。
 キョウは静かに言った。
「昔話を、しましょうか?」

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【団体楽園】

 男は選ばれた。不思議な石のかけらに。
 男は知った。その石のかけらには、世界を変える力があるということを……
 男は名づけた。その石のかけらをツーオイの欠片と。

 ネオアトランティスがこの世界に誕生したときに、男は楽園を夢見る人々を集め、団体楽園という秘密結社を創った。
 そして、ネオアトランティスを楽園とすべくその土地に降り立った男は、そこで運命的にツーオイの欠片を手に入れたのだ。
 男は、第一次変革期に新たな団員を募りつつも、この地がめまぐるしい勢いで、汚染されていくことに耐えられず、汚染原因を絶つことにした。
 いや、もともと、そうするつもりであったのだ。物質にまみれた世界は、楽園に悪影響しか及ぼさないのだから。
 ツーオイの欠片の力をかりて、男は地軸移動《ポールシフト》を起こす。
 力に守られたこのネオアトランティス以外の全ての地殻が、大変動を起こし、海は荒れ、地は揺れ、生物が死に絶えた。
 これが世に言う、ネオアトランティスの第二変革期。

「ツーオイの欠片は、かつてのアトランティスを栄えさせ、また滅ぼしたあのツーオイ石から名前を拝借したという。でも、ツーオイの欠片は本当に、ツーオイ石の破片だったのかもしれないね」
 キョウは何故か穏やかに微笑んだ。
「でも、まだ彼の仕事は終わっていなかったんだ。せっかく楽園にするつもりだったネオアトランティスは、すでに正反対の道をたどり始めていたのだからね……」
 ブルウは俯いている。そのためその表情をうかがい知ることは出来ない。セラはひどく不安げな顔をしていた。
 キョウは続ける。
「彼は新たな作戦を練る。今度は、全てを滅ぼし、志を受け継ぐもののみで新たな人類を生み育て、楽園を創ろうと」
 ブルウは、ようやく顔を上げ聞いた。
「その志を受け継ぐのが、アダムとイヴ候補のあなたたち、なんですか?」
 やはりキョウは穏やかな瞳で笑みをたたえながら頷き、言った。
「ん。ブルウはどこまで知っているのかな?」
 また、ブルウは俯き、答えた。
「……全部じゃない。みたいだな。アダムとイヴ候補のことは知らない。父さんの遺書には書いていなかった」
 キョウは、深く頷く。
「分かった、じゃあ、全部話してあげようブルウ。君は無関係じゃないからね」

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【ツーオイの欠片】

 男は志を受け継ぐもの、それを「アダムとイヴ」と呼んだ。
 男は、作戦に使うツーオイの欠片を、この施設の地下深くに一欠けら埋めた。
 団体楽園のメンバーは、作戦が決行されるまでに楽園で受け継いでいく聖典を作り始めた。
 だが、その聖典が出来上がる直前。男は病死してしまう。
 団体楽園のメンバーはそれでも慌てはしなかった。メンバーは男の意思を継ぎ、男の生き別れの一人息子を探す。
 ツーオイの欠片は、彼の血を選んだのだから当然その息子にも、ツーオイに呼びかける力があるのだ。
 だが……

 *

「その息子は、所在を突き止めたときにはすでに他界していた……」
 ブルウが、響く、はっきりとした声でそう言った。
 瞬間、しじまが満ちた。
 顔を上げ、しじまを自ら破るようにブルウは続ける。
「父さんは、自分の父親が世界を滅ぼしたことを知って、それを苦に自殺したんだ……」
 ブルウはまぶたを閉じ、また開けた。そして皮肉な笑みを漏らす。そしてキョウに聞いた。
「それで、その団体は男の息子に、また幼い息子がいることを突き止めたんだな?」
 キョウは、深く頷いた。そして言う。
「俺たちは、初代のアダムとイヴ候補から数えて三代目に当たるんだ。だけど、ブルウ君とセラ嬢が、アダムとイヴとなるのもいいだろうね。いや、むしろそのほうが君のお祖父さんは喜ぶよ」
「……ブルウ」
 ブルウの背後からセラの震える声。振り向くと、セラはひどく不安げな顔をしていた。
「分かっているよセラ」
 ブルウは、キョウに向き直り、きっぱりと言い放つ。
「俺は、協力できない」
 キョウのまっすぐな瞳がブルウの翡翠のような瞳を捉えた。ブルウは、まっすぐキョウを見返し言った。
「俺は、祖父さんのやったことは間違いだったと思っているよ。祖父さんは、きっと、よっぽど人間が嫌いだったんだな。……でも、俺は、人が好きだ。人の笑顔が好きだ。だから俺は、祖父さんのやったことの罪滅ぼしってわけじゃないけど、たくさんの人を笑顔にしたい。ううん。笑顔にするのが俺の仕事なんだから」
 キョウが、まぶたを閉じる。不思議な緊張感が辺りを包んだとき、キョウが穏やかに微笑んだ。
「そうか、だったら仕方がないね」
「へ?」
 キョウの思いがけないセリフに、拍子抜けしたのかブルウは気の抜けた声を出した。
 キョウは、穏やかに笑んだまま、優しい声で言う。
「初めから、無理強いするつもりなんかないからね。それに、ツーオイの欠片の力は、君が、心の底から強く『こうしたい』と、願わないと発動しないんだよ」
「そう、なのか?」
 キョウは軽く頷いて軽い口調で言った。
「さあ。話は終わりだ。君たちとはここでお別れ。また、どこかで会えるといいね」
 キョウは一方的に話を切り上げた。ブルウは、少し名残惜しそうにしていたが、仕方ないといった風に、キョウに背を向け、セラの車椅子を押す。
「じゃあ。またどこかで」
 そういって、去ろうとしたブルウの背中に、キョウが声をかけた。
「そういえば、ツーオイの欠片は三つあるらしいんだ」
 ブルウは、振り返った。
 キョウは、意味ありげな笑みを作る。
「ひとつは、君のお祖父さんが使った。ひとつはこの下、地下深くにある。じゃあ、最後のひとつはどこにあると思う?」
 ブルウは、首を傾げて言った。
「さあ。わかりません」
 キョウは、不敵な笑みを見せた。そしてこう言った。
「セラ嬢のお祖父さんは君のお祖父さんの後援者だった時期があるんだ。知っていた?」
 ハッとしたブルウは、ぽつりと呟いた。
「……アレックス……」

 *

 ブルウたちが去った後、キョウのすぐ横にゆうはすり寄った。
「ねえ。キョウ様? もしかして、彼じゃない?」
「うん。そうだね、きっと、彼だ」
 キョウは、満足げな笑みを湛え、意味深な言葉を残す。

 *

「参ったな」
 ブルウは、ぼやいた。
 団体楽園の施設を出た二人を待っていたのは、スミスカンパニーの大歓迎だった。
 剣を構えたカンパニーの軍人が、施設を囲んで立っていたのだ。
「神妙にせいよ」
 そう言って、ブルウの真向かいにいる体格のいい男が、剣を構え、にじり寄ってくる。
 ブルウは、後ろにいるセラに振り返り、しゃがんで目線を合わせた。
「ねえ、セラ。俺、アレックスと会って話がしてみたいんだけど」
 セラは、少し驚いた顔をした。だが、セラはすぐに匂いやかな笑みを見せて言った。
「かまわないわ。だって私は、ブルウのそばに居られるのなら、本当は場所なんてどこでもいいんですもの」
「セッ……!」
 セラは、ブルウの脇を通り抜け、カンパニーの軍人たちに語りかけた。
「あの……。剣を下ろしてください。私たちに逆らう意思はありませんから」
 その、甘くとろけるような声を背に聞き、ブルウは嬉しさに身を震わせていた。

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