【決断】
「昨日はじっくり考えておいて欲しいと言ったが状況が変わった。今すぐに私に協力して欲しい。ブルウ! 今こそ、ツーオイの力が必要なのだ」
アレックスは必死にブルウに訴えた。
社長室で、ブルウとアレックスの二人は向き合っている。ドアの横には、やはり、秘書の女が姿勢よく立っていた。
そうアレックスは、目で、全身で訴えている。その思いは、ブルウにも痛いほど伝わってきていた。
ブルウは、そんなアレックスの思いに応えるように、まっすぐに向き合い言った。
「出来ません」
その答えを予想していたのか、アレックスは表情を変えなかった。ただ、目の色だけが、すうっと冷たくなっていく。
ブルウは、言葉を続ける。
「俺は、ツーオイの欠片の力は使いたくないんです。強大なエネルギーは、あなたの望む武器も大量に生産できるでしょうけど、それは、きっといつか悲しみを生むような気がします。それに、俺たち人間は、そのエネルギーを間違った方法で使ってしまう。それ以外なら俺はいくらでも協力しますよ。今、大切なものを守るために力が必要なら、共に剣を握って戦ったっていい」
「頑固で利口な子供の答えだ」
アレックスが、冷たい声で言った。そしてやはり冷たい声でこう言った。
「お前がなんと言おうとだ。必ず協力してもらう。どんな手を使ってでも」
「また、セラを人質にするつもりですか?」
「もしくは……」
アレックスは、ベルを鳴らす。と、五、六人のカンパニーの軍人が社長室になだれ込んできた。
軍人たちは、ブルウに向かい剣を構える。
ブルウはアレックスを睨みつける。アレックスは冷たい目を投げ返してきた。
「その気にさせてやろう、ブルウ」
アレックスが、右手を軽く挙げて合図をすると、軍人たちは一斉にブルウに襲い掛かってきた。
「くっ!」
アレックスは、椅子に腰掛け、冷ややかな目で成り行きを見守る。
「さすがに、大道芸人。すばしっこいな」
アレックスは、冷たい声でそう言った。
薙がれた剣を身をかがめ避けたブルウは、違う軍人に蹴りつけられ体制を崩した。そんな、ブルウの額に剣を突きつけられた。
ブルウが唇を噛み締めたとき、制服姿のカンパニーの社員が慌てて社長室に駆け込んできた。
「社長!」
皆が一斉にその男に気を取られたとき、ブルウは自分に剣を突きつけている軍人の足を払った。
軍人は、しりもちをつく。ブルウは後ろに飛び退いた。
「どうした?」
アレックスは、冷静に社員に問う。社員は、やはり慌てた様子で答えた。
「敵兵が、街に向かって来る様子を確認しました!」
立ち上がったアレックスの表情が険しくなる。
「ヤツラを、一歩たりともこの街に踏み込ますな!」
「はい!」
社員は、敬礼をし慌てて去っていく。アレックスは、秘書に視線をやる。
「外の指揮は任せた」
「はい」
秘書は、頭を下げて、社長室を後にした。
そして、
「続けろ」
アレックスは淡々とした口調で、そう言った。
【助っ人】
「なかなか粘ったな。ブルウ」
アレックスの冷ややかな声が響いた。
ブルウは、地にへばりつき、一人の軍人に踏みつけられている。
「ぐっ!」
それでも睨みつけてくるブルウに、アレックスは冷淡に言い放つ。
「まだ、協力する気になれないのだな? ならば、その指を一本ずつ、落としていくことになるぞ?」
「やればいい」
この状況で、ブルウは気丈に言い放つ。アレックスの表情がピクリと動いた。
ブルウは、踏みつけられたまま叫んだ。
「俺はピエロだ。力には屈しない! 人を笑顔にするのが俺の仕事なんだ!」
「!」
驚いたように、アレックスは眼を見開き、そして、静かに瞼を閉じた。
と、突然、
「よく言った!」
高らかに響く声と共に、扉から、黒い何かが社長室に飛び込んできた。その黒い影は、ブルウを踏みつけている軍人にぶつかった。
「ぐわっ!」
軍人は弾かれ倒れる。ブルウは、陰の正体を見た。
「ゆうさん!」
ゆうは、にんまりと笑った。扉の前にはキョウも立っている。
「ふざけるのも大概にしろ! キョウ!」
怒れるアレックスを無視して、キョウはブルウに視線を向けて言った。
「ここは任せて、君は、ツーオイの欠片のところへ」
「え?」
ブルウは立ち上がる。ブルウの腕からは血が流れていた。きょとんとしているブルウをキョウは悪戯っぽい目で見て、言った。
「何でもいいから使っちゃえ、ってことだよ」
「え!」
「なっ! くそ! ブルウを逃がすな!」
アレックスが叫ぶ。ゆうは、手にしていた金属製の長い棒を振り回し、ブルウの周りの軍人を追い払う。
ブルウは、一直線に扉に向かって駆けていく。
「逃がさん!」
一人の軍人がブルウを追い、剣を振り上げた。その軍人の懐にすばやく入り込んだキョウは、軍人の腹部に拳をねじ込む。
「ぐはっ!」
軍人は倒れ、ブルウは振り向くこともせず社長室を後にする。キョウは、その扉を閉めて立ち塞がった。
アレックスは、歯軋りをして自ら剣を構えた。
「そう来なくっちゃ」
キョウは、また悪戯っぽく微笑んだ。
【セラ】
「はあ。……はあ……。っ……」
ひっそりとした、冷たい階段をセラは上半身の力だけで懸命に登っていた。
「はあ。なんて、長い階段なの……」
と、上から近付いてくる階段を駆け下りる軽やかな足音が、セラの耳に聞こえてきた。そして、
「セラ!」
「はっ! ブルウ!」
見上げると、ブルウが驚いた顔でそこに立っていた。
ブルウは、セラに駆け寄る。
「セラ!」
「ああ! ブルウ。よかった。無事なのね」
そのときセラは、ブルウの左腕から血が出ていることと、唇の端が切れていることに気づいた。
「! お兄様がやったの?」
ブルウは、悲しい顔をした後、頭を振った。
「それより、セラ。どうしてこんな所まで?」
セラは目を伏せる。
「お兄様、ブルウに何かするんじゃないかしらって……。止めたかったのよ」
「セラ……」
セラは切ない顔をして、ブルウの瞳を涙目で見つめた。
「ねえ? ブルウ。私に出来ることって無い? 何かしたいのよ、ブルウのために!」
「!」
ブルウは、一瞬、ピクリと、痙攣したようだった。そして、突然にセラを抱きしめた。
「十分だ。十分だよ……セラ……」
「っブルウ」
セラがブルウの背中を抱きしめようとしたとき、階下から呼び声が響いてきた。
「お嬢様! セラお嬢様!」
下から上がってきたのは、セラの世話役の女だった。
女は顔色を変え、寄り添う二人の間に割り込んだ。
ブルウは、ゆっくりと立ち上がり言った。
「俺。行かなきゃ……」
その言葉を聞いたセラは全てを理解したかのように微笑み、ゆっくりと頷いた。
笑顔を残し、去っていくブルウの背中を愛おしそうに見つめていたセラは、ぐっと顔を引き締め、世話役の女の顔を見た。
「私、上に、お兄様のところへ行きたいの。お願い、手を貸して」
一瞬、驚いた顔をした女だが、セラの熱意を感じたのか、おもむろに立ち上がり、セラをヒョイと抱きかかえて、階段を軽々と上り始めた。
心地よい金属音が響く。
アレックスとキョウが白刃を交えて睨み合っている。その気迫に他の者は近付くこともできない。
キョウが、歯を食いしばり、足を踏ん張ると、アレックスは力負けして、押し返された。
アレックスが、体制を崩したところにキョウは、すかさず剣を薙ぐ。薙がれた剣は、アレックスの剣を弾き飛ばした。
アレックスは、何故か、剣を拾うとはせず、俊敏な動きで仕事机へと駆けていく。そして、すばやく引き出しを開け、取り出した物は……
【笑顔】
「ったく……。何でもいいから使っちゃえ。なんて、簡単に言ってくれるよなぁ」
階段を駆け下りながら、ブルウはひとりごつ。カンパニー内は非常事態により、ひっそりとしていた。
(俺が、何でセラのことが好きなのか判った気がする)
(セラがセラだから好きなんだ)
それは単純で当たり前のことだが、重要なことに思えた。
そして、考える。
(俺の望み……。強く望むことって、なんだろう?)
ブルウは、いつの間にか白い扉の前に立っていた。取っ手を握ると、扉はカチャリと音を立てて口をあけた。
「よかった。鍵かかってない」
ブルウは息を呑む。
それを見るのは二度目のはずだが、何故か動悸が止まらない。
「ツーオイの欠片」
世界をも滅ぼす力を秘めた、謎の石。ブルウは近付いていって手を伸ばした。
「ぐっ……。てか、これ開かない……」
ツーオイの欠片がが納まった円柱の透明ケースは、押しても引いても引っ張っても、ビクリともしなかった。
ブルウはため息をついた。
「はああ。どうしよう……」
そして、瞳を閉じる。
(頑固でお利口な子供の答え、か)
また目を開き、ブルウは真っ直ぐにツーオイの欠片を見つめた。無色透明のその石に浮かんで見えるのは……
「セラ……」
無表情のセラ、涙目のセラ、そして……
「ごめんアレックス。やっぱり、俺の望みは、いつだって一つしかないから」
(人を笑顔にするのが好きだ……でも、本当は、昔から……それを見る笑顔のセラが好きだった。だから俺はずっと探していたんだ)
透明のツーオイの欠片を通り越し、ブルウは幻のセラを見つめる。
――どこへ行くの?――
ブルウは笑み、そして、つぶやく……
「なあ、セラ、俺の望みは唯一つ、お前の望む世界だよ」
と、その時。
突然、衝撃的な眩しさを感じた。
「何だ……?」
「!」
驚きの声を上げる暇もなく、ツーオイの欠片が放つ金色の光が、瞬く間にブルウをを包みこんでいった。
【楽園】
銃声が響いた。
「ぐっ」
美しい顔を苦痛に歪めているキョウの右腕から鮮血が流れる落ちる。
左手で、銃を握りながらアレックスは不敵な笑みを漏らした。
「さあ、どけ。さもないと、今度は外さんぞ」
そのとき、ゆうの動きを察知したアレックスは、もう一方の手に握られた銃口を向けた。ゆうは悔しそうに唇を噛んで立ち止まった。
「私は、本気だぞ」
と、低く、妙に落ち着いた口調でアレックスは宣言した。
仕方なく肩を落とし、ゆっくりと扉から離れようとしたキョウだったが、突然開け放たれた扉に弾き飛ばされた。
「うわっ! と、と、と。痛ぇ〜」
「ああん。キョウ様ぁ」
ゆうは、キョウに駆け寄る。
アレックスは、突然の登場人物を睨み付け叫んだ。
「セラ!」
大柄の女に抱きかかえられて現れたセラは、流血しているキョウと、銃口を向けている兄を見て、顔色を無くしたが、すぐに気を持ち直し兄に訴えかける。
「なんてことをするのよお兄様! 昔のお兄様そんな人じゃなかった。今の、理想のために手段を選ばないお兄様は、私は嫌なの!」
「ふっ」
鼻で笑ったアレックスは、眉間にしわを寄せ、言った。
「どいつもこいつも、決まりごとのように、きれいごとばかり並べ立てて、話にならんな。どけ、セラ、邪魔をするならお前だって容赦はしない」
「いや、だなぁ」
と、皮肉っぽく言うキョウをアレックスは睨み付け、それをまたキョウが睨み返し言葉を続ける。
「大切なものを守るために、力を欲して戦っていたのじゃないのか? 手段と目的を取り違えるなよ」
「なっ!」
さっと、赤くなったアレックスの目が突然眩む。
アレックスだけではない。キョウも、ゆうも、セラも、誰もが、眩しさに目が眩んだ。
金色の光が、カンパニーを、街を、ネオアトランティスを包み込んでいった。
永遠にも思える一瞬。
そう、金色の光がネオアトランティスを包み込んだのは、ほんの一瞬のことだった。
「なっ!」
と、まず初めに声を上げたのは、アレックスだった。アレックスは、どうやら、ひどく驚いている。
キョウや、ゆうも、ゆっくりと瞼を開け、そして、アレックスと同じように「あっ!」と、驚愕の声を上げた。
「どうなっているのだ!」
アレックスが叫んだ。
それは、アレックスの手に握られた二挺の拳銃が、きらきらと輝きを放ちながら、さらさらと、砂のように崩れ落ちていっていたからだった。
それを見ていたキョウは、何を思ったのか突然、手にしていた剣を、ゆう目掛けて振り下ろす。……と、振り下ろされた剣は、まるで、繊細なクリスタルがはじけ散るように、透明な音を立てて砕けた。
「これって……」
そう呟きながらゆうは、砕けた剣の、白金に輝く破片に見惚れる。
「あ……」
セラが控えめに声を出した。そして、自ら世話役の女の腕から離れ、大きなガラス窓に向かって駆けていく。
「セラ!」
二度目の仰天。
セラが、自分の足で立って駆けている。
そんなセラの瞳が輝きだした。そして言う。
「素敵」
セラは何を見ているのだろうか? 皆も窓に歩み寄り、それを確認した。
どこまでも続く輝ける緑。アスファルトの地を破るように生え立つ大樹たち。そして、木の下、子供たちに囲まれて、クラブジャグリングする大道芸人……
ブルウだ。
「みんな、笑っているわ」
はずむような声で言ったセラは、まだ瞳を輝かせたまま、
「ブルウ!」
いとしい人の名を呼び、ひらひらと、スカートを揺らしながら、社長室を出て行った。
「っ……これが、ツーオイの力……。そしてこれが、楽園だというのか?」
緑に包まれた街を見つめて、アレックスは独り言のようにつぶやいた。そして、振り返る。
「なあ! キョウ!」
強い口調で問われたキョウは、何故か笑い出した。
「ふっ、はははは……。ああ! もう、地球の声が聞こえない……。やっと、やっと開放されたんだ!」
「キョウ様」
しんみりした声でその名を呼びながら、ゆうはそっとキョウの腕に触れた。
「ああ。ゆう、お家へ帰ろう」
そう言いながら穏やかに微笑むキョウに、ゆうもまた微笑みで返した。
「はい!」
寄り添いながら、社長室を後にする二人の背中をぼんやり見つめていたアレックスは、もう一度窓の外を見る。
うつろな瞳。
そして、
「あははははは……」
突然、声を立てて笑い出したアレックスは、座り込み、仕事机に凭れ掛かって、また笑い出す。
セラの世話役の女は顔をゆがめ、軍人たちは、どうしていいのか分からずおろおろしていたが、やがて、アレックスを残して、皆、社長室を出て行った。
暫く笑い続けていたアレックスは、そのまま仰向けに倒れたかと思うと、表情を無くし、冷やかな目で遠くを見つめた。
「楽園など、人間には……上等すぎるのだ」
「ブルウ!」
「セ、セラ!」
勢いよく駆けて来るセラを、ブルウは抱きとめた。
セラは、とびきりの笑顔だ。
「くすくす。驚いた? ブルウ」
「お、驚くよ!」
「私もびっくりしたわ。ねえ、これってツーオイの欠片の力?」
セラは光を吸い込みきらめく大樹を見上げて聞いた。
「多分……。欠片は光って、消えたから……」
「そう」
微笑みながらそう言ったセラは、今度はブルウの瞳をじっと見つめて問う。
「ねぇ、ブルウは、何を願ったの?」
見つめられ、めまいを起こしそうになったブルウは、消え入りそうな声で言った。
「セラの……。セラの望む世界を……って」
驚いたような顔をしたセラは、すぐに幸せそうな笑顔を作る。
緑茂る大樹から漏れる光。爽やかな風が吹き、子供たちは、今か今かとブルウが芸を披露するのを待っている。
セラは、子供たちに笑いかけ、大きく深呼吸をした。
「ねえ。ブルウ。行きましょう」
「え? 行くってどこへ?」
セラは、また香るように笑った。
「そんなの、決まっているでしょう?」
セラの言いたいことを察したブルウは、少しはにかんだ笑顔を返した。そして、手を取り合い、声をそろえて言う。
「楽園を探しに!」
終わり(2007/729 本文加筆修正)
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