ありえないだろ?
国民のためか? 儲けのためか?
少なくとも俺はそれを望んではいない
(ハナのある日の日記)より
【家出】
荒地の監獄。ジャパオ王国の王子「ハナ」が、そう表現するそこは、その昔、ご先祖様が使っていた、王都から遠く離れた無機質なビルのようなつくりの城砦で、ハナが、集中して勉学に励めるようにと、連れてこられた場所だ。
そんなハナは、今、書物の壁に囲まれた面白みも無い教室で、陰気くさくてインチキくさい男、教育係「ロウゲツ」の朗々とした朗読を聴かされていた。グライヤの誇る天才詩人、スノーテの詩集第何巻かの何とかという詩をだ……
(つまらない)
ハナは、詩集を広げながらも頭の中ではまったく別のことを考えている。
彼の、隠しようも無い程の威厳に満ちた眼差しに高貴なオーラーは、紛れも無く王家の者だと主張している。女性と見紛うほどの整った顔立ち、長いまつげに透き通った碧眼。透明感のある肌に、絹糸のような長い髪。上質な生地で作られた深い緑の凝ったデザインの派手な服。それにちりばめられた、輝く宝石たち。
誰も見ていないのに何でこんな服……と、ハナは、たまにそう思う。肩も凝るのに……
五歳のときにここに来てもう十年。決して短くなかったと思う。
そう、十年だ……十年前。幼いながらに感じ取っていた突然の異変。あの日、父王の様子は、明らかにいつもと違っていた。そして、同じ日、ロウゲツが、自らハナの教育係を名乗り出、この、王都から離れたこの土地に行くことが決まった。
ハナが覚えている限り、ロウゲツは、いつも父のそばにいたように思う。側近、だったのではないだろうか? だが、その日ロウゲツは父のそばによらなかった。まるで、避けるように……
そんなロウゲツは、この地にやってきたことを、「王子のため」だという「王都には誘惑が多いから、勉学に身が入らなくなるから……」そう言うのだが、それは方便だと、ハナは感じるようになっていた。ロウゲツは、父から、離れたかったのだ、理由なんか分からないが、そう思う。
それが証拠に、ロウゲツは、王都に帰りたがらない。お供するのを嫌って、ハナの一時王都帰還さえ認めない。
(絶対、なにかある)
ロウゲツには、そう感じさせる妙な怪しさがある。
王都から訪ねてきた使者とのひそひそ話や、ハナとの授業以外は、ほぼ一日中部屋か書斎にこもっていることなどは、たんにロウゲツが暗い性格だからかもしれないが……疑って見ると、どこか怪しく感じるのだ。
ふと、ハナは、詩集に目を落とす。『行動せよ』とスノーテは言う。
(ああ、分かっているよ)
今日、ハナはある計画を実行に移す。
いつかは、そうするつもりであったが、それを決意したきっかけは、ロウゲツと王都からの使者との会話……の盗み聞きである。使者は、こう言っていた。
「月明瑞穂乃原野での油田開発が正式に決定いたしました」
グライヤ最後の原野で?
ハナは耳を疑った、が、どうやら事実のようである。こんな辺境の地にいようと、ジャパオ王国の王子、月明瑞穂乃原野がどういう場所なのかよく分かっているつもりだ。
そこは、希少な野生生物の棲む特別な場所。そして、伝説……太古の昔、グライヤを治めていたのは、サーペントの王。その蛇の王が、聡明な一人の人間に、グライヤの王の座を譲る。それが、いまの王家の始まりで、そして、サーペントから人へ王権が譲り渡されたされたその土地こそ、「月明瑞穂乃原野」である。そこは、王家にとっても重要な意味を持つ場所だ。
(その原野での油田開発が正式に決定するってどういうことなのだ?)
勿論、納得なんかいかない。父王に会って話を聞かなければならない「まさかと思いますが、あなたがそれをお許しになられたのですか?」……と。そのためには、なんとしてでも王城へ戻らなければ。
授業の終わりが決行の合図だ。
二時。一日の授業が終わった。今日も日課の散歩をする。
この散歩は、息苦しいビルに閉じ込められたハナの唯一聞き入れられた抗議「外に出たい!」が叶ったものだ。
散歩には必ず一人のおつき付きで、ビルから徒歩一時間半の小さな町『リトン』にまで行くことが許されている。お付きは、ハナの見張りではない。ハナの護衛。いつの時代にも、反政府の団体はいるもので、特に最近、急進主義の反政府の徒党が暴れまわっているという。まさか、そいつらも、こんな辺鄙なところにやってきたりはしないだろうが、野盗なんかは、いるわけで、油断は出来ないということだ。
これでも一応王家のもののたしなみとして、武術や剣術を身につけてはいるから、お付など本当は邪魔なだけだが、文句は言うまい。
ザッザッザッ……と、優しさをみじんんも持ち合わせていない荒れた土地を黙々と歩く。ギラギラと焼け付く日差しが鬱陶しい。長身痩躯のお付の男は、ハナの二歩後ろを歩いている。
ビルを出て、三十分以上、ハナは突然お付に振り返った。ハッと、したお付は、王子に一瞬、見惚れる。ハナは、そんなお付の腹部にすばやく、強かに、拳をねじ込んだ。
「うっ!」
男はうめき声を漏らし、前傾姿勢になり、王子を見上げる。
「ハ……ハナ様……?」
ハナは、休まず、お付の背中に、握った両手を大きく振りかぶり落とした。
「ぐっ!」
男は、低くうめき地に突っ伏した。
「悪いな。お前に恨みがあるわけじゃないのだ……少し休んで回復したら、すぐにビルに戻ってロウゲツに報告してほしい。ハナ様は家出なさいました……とな」
【リトン】
町全体が、大きな丘の上にある『リトン』は、そのためか階段が多い。
灰色の石を磨き積み上げた家並み。同じ石を並べた通路に階段。屋根は独特で、緩やかな傾斜、赤茶けた軽くて丈夫なレンガを隙間無く並べてあり、町民のほとんんどが農業で生計を立てているため、町の半分を占める段々畑が美しい緑の景観を生み出している。
その、リトンの町の一番低い場所にある食堂、『うまい飯屋』の看板娘「リズム」はそわそわしていた。
きれいな黒の髪を上手に二つのお団子に結って、小さな花たちが散りばめられたプリントの、紅いタイトなワンピースは、膝上十五センチくらいの丈、両脇にスリットが短く入り、下には、黒いスパッツをはいている。足元は、ピンクの鼻緒の付いた、黒い草履。くりくり、と、した目に、きらきらの瞳、丸顔で、ぽっちゃりとした頬が、実際の年齢、十五歳よりも幼く見せていた。
カウンター席五つ、テーブル席十五席の質素なつくりの店内で、常連客の禿頭のおじさんは、からかうように言った。
「今日は、いつもより遅いねぇ。リズムちゃん」
リズムは、なぜか赤面する。
「だっ誰が?」
「誰って? 人じゃなくて、注文の料理さ」
嬉しそうに笑っているおじさんに、リズムがムッとしていると、奥から、人のよさそうな、柔和な笑みをたたえた小太りの、リズムの父が、焼き飯片手に現れた。
「でも、確かに今日は、いつもより遅いね。ハナ様」
リズムの父は、常連の禿頭親父のテーブルに焼き飯を置き、心配げな顔を作る。
「何かあったのだろうか?」
「何かって、何よ!」
リズムは、父親に食いつかんばかりに詰め寄る。父親は、たじたじ、する。
「えっ……いやあ……その……」
と……
「おおい。リズム。お父さんいじめんなよぉ」
聞きなれた、優しい声。
「ハナ!」
やっと姿を現したハナにリズムは、目を輝かせ喜んだが、次に瞬間、その目は驚きの色に変わる。
「なっ! なっ! 何? 何よそれ! どうしたのよ? その髪! その格好!」
リズムが驚くのも無理は無い。ハナは、楽しそうに笑った。
「や〜ぱり、驚いた〜?」
「驚くに決まってるでしょ! ああ! もったいない! あのサラサラの長い髪が〜」
ハナののきらめく絹のような髪は、短く不揃いになっている。
ハナは、カウンター席に腰をかけた。そして、リズムに微笑みかけ、
「自分で切ったんだよ。似合う? あっ。オレも、焼き飯頂戴。チャーシュー入ってるやつね」
「む! お父さん! チャーシュー入り焼き飯ひとつ! てか、その服は?」
「ああ。これ? あの服動きにくいからね」
ハナは、今、黒いタンクトップ、下は、麻のだぶだぶのズボンで裾はリボンで結んである。靴も、いつも履いている革靴ではなく、ボロそうな踝までの白いブーツ。それに、防寒と日よけのための、柄物の大きな布を半分に折って腰に巻きつけている。あとは、財布代わりの巾着を、腰からぶら下げる。
あの服で動き回るのは、どうぞ襲ってくださいといっているも同然の、危険行為だ。だから、売った。お金も必要だったから。ハナは、ズボンのポケットから、金のバッチを取り出す。
純金。二匹のサーペントがモチーフのエンブレム。王家のものしか持つことが許されないもの。
これさえ手放さなければ、大丈夫だ。
「あんた、なにたくらんでんの?」
リズムは、カウンターの中から、お冷を出す。ハナはまた笑う。
「たくらむ? 人聞き悪いな。俺は今から、父に会いに行くだけだよ」
「え?」
ガヤガヤと、数人の男たちが『うまい飯屋』に足を踏み入れた。
「よっ! ハナ様……って! どうしたんだよ? その格好!」
彼らは、人懐っこい王子に会いに来ている。リズムは、男たちをにらみつけた。
「あんたら、たまには何か注文しなさいよ」
「腹減ってないもん。この時間昼飯にゃ遅すぎるし、夕飯にゃ早すぎるんだよな」
金髪の若い青年が悪びれた色も無く言う。ハナは、この街の男たちから少し、柄の悪さを学んだ。
「ホイ。ハナ様。うちの果樹園でとれた桃」
なんだか恥ずかしげに色づくもぎたての桃を、自慢げに色黒で童顔の若者が差し出す。
「ああ! 甘い香りがする。有り難う」
ハナは遠慮なく受け取り、柔らかい皮を優しく剥き、早速、かじりついた。
「どうだ? うまいだろう?」
丹精こめて作った桃にかぶりつくハナを、あまりにも幸せそうに見つめて、若者は聞いた。
ハナは笑顔で頷く。
この時間が、ハナにとって、最高の時間。何物にも変えることの出来ない、リトンの仲間たちと普通にじゃれあうこの瞬間。
無機質な部屋では、何の感情も生まれない。堅苦しいばかりの授業では、ここで学び取ったこと以上のことは学べない。
生きることに全力な、自分の作るものを愛して止まない、楽しむことに命を懸ける、そんな、リトンの愛すべき人たち。自然に笑顔のこぼれる、心底好きな時間。
「はい。お待ちどお様」
リズムは、ハナの前に注文の焼き飯を置く。
「ここは、困ってない?」
ハナは唐突に聞く。リズムは腰に手を当て、小首をかしげた。
「え? なによ急に?」
ハナは、手を合わせ、
「いただきます……いや、父に伝えたいことって無いかな? って、思ってね」
リズムは、少し考えるが、首を横に振る。
「いいえ、ここは、井戸も涸れてないし、特に困ることは無いわ」
二人の会話に、頬骨の目立つ男が口を挟む。
「そういや、姉夫婦の住んでいる町では、井戸も涸れ始めて、周りの砂漠化も進んで、『リトン』に戻って来たい、っていっていたぜ」
「そうか……」
ハナは、悲愴な表情をしたかと思うと、レンゲを手に取り、焼き飯を一気にかきこんだ。
「ご馳走様。じゃあ、もう行くわ」
「えっ! え? もう行くの?」
リズムは、慌ててカウンターから出た。男たちも名残惜しそうに、
「おいおい。ハナ様、つまんねーよ。もう少しいてくれよ」
「そうしたいけど、急いでいるんだ」
と、ハナは残念そうに言う。急がないと、追っ手が来るかもしれないからだ。
「じゃあね」
ハナは、代金をカウンターに置き店を出る。
「まっ! 待ってよ!」
リズムは、ハナを追って店を出た。
「ねえ。ハナ!」
ハナは立ち止まり、ゆっくり振り返る。
「ハナ……本当に何たくらんでるの?」
リズムは、不安げに聞く。ハナは少し寂しげに微笑んだ。
「信用無いな、俺って……」
そういって、ハナは、ゆっくり前進し、リズムを引き寄せ抱きしめる。
「! ハ……ハナ?」
時が、微笑むように緩やかに流れる……こみ上げる……ある思い。
ハナは、リズムを抱きしめる力を強くする……
「……って! 何すんのよ!」
どご!
「ぐはっ!」
突然リズムは、真っ赤になって、パニック気味にハナのあごにパンチを食らわせた。
「はっ」
我に返ったリズムは慌ててハナの傍による。
「きゃあ〜! どどどどどどうしよう! 王子様の顎、どついちゃった! ごめん! 大丈夫?」
慌てるリズムをよそに、ハナは笑い出す。
「ふっ……あはは。痛って〜よ。でも、俺にパンチ食らわすなんて、多分お前が最初で最後だろうよ」
「だから、ごめんて〜」
ハナは、泣き顔のリズムに、今までに無いくらいの優しい眼差しで、微笑みかけた。
「え……?」
リズムは、時間が止まったかのように動きを止め、頬を赤らめる。
ハナは、耳につけていたピアスをはずす。小さな赤いルビーがゆれるピアス。それを、リズムの掌に乗せた。
「あげるよ」
「え? でも……私、ピアスあけてないし……」
「うん……知っている。でも、持っていて……」
ハナは、少し悲しげにそう言って、リズムに背を向け駆け出した。
「え? えっ? ハナ! 待って! 待って!」
リズムの声にも、ハナはもう振り返らなかった。
足の速いハナに追いつけるはずも無く、リズムは、途中で転倒した。
「痛い!」
ボロボロボロ……と、大粒の涙が頬を伝う。
「いっ……嫌だ……こんな……もう、会えないみたいな……」
訳が分からない、といった風に、リズムは、頭を振る。
「ハナ……ハナ……! ハナ!」
リズムは、ハナのピアスを強く握り締め、その場に泣き崩れた。
「ハナ様が家出をなさいました」
若いメイドが、おびえた声で、ロウゲツにそう報告した。
「ど……どうしましょう?」
どうしましょう? 何故それを聞くのだろうか。この女に何か出来るとでも言うのだろうか。
(しかし、家出か……まあ、いい)
ロウゲツは、メイドの目を覗き込み、言う。
「大げさにするようなことじゃない。このことは忘れなさい」
メイドは、ロウゲツの銀色の目を見ている。瞳は、怪しい光を放つ。やがて、メイドは呆けたような表情になり、たった、一言。
「……はい……」
そう言って、そのままふらふらと去っていった。ロウゲツは、そんなメイドの背中を冷ややかに見る。
(王都に報告する必要は無いだろう)
家出といっても所詮、リトンにいるのだろう。それにいないほうが、時間も出来て都合がいい。
普段、行動は奇矯。話も珍妙。何を考えているのか読めない王子だが、そんな王子に家出する度胸があっただけでも立派だろう。
(ビル内の人間には、『ハナ様は、息抜きが必要で、リトンの友のお宅でしばらくお世話になる』とでも言っておけばよいだろう)
何がおかしかろうが、どこか変だろうが、いちいちロウゲツを疑う奴も居ないからこれでいい。
【うわさ】
リトン発王都方面行き。
ハナは汽車に揺られ、珍しくため息をつく。
「はあ」
――ハナ!――
リズムの声が耳の奥でこだましている。
おそらく、もう、リトンに戻ることは無い。根拠は無いが、そんな気がする。
「やっぱり、会わずに汽車に乗り込んだほうがよかったかもしれない」
ハナは、回想する。抱きしめたリズムの感触。渡したピアス。
「……未練がましくないか? 俺……」
ハナは自嘲気味に笑った。
いつかは、リトンの仲間や、リズム達と別れて王都に戻らねばならないことは承知していた。それを、自ら早めただけだ。
ハナは、また、金のバッチを取り出す。王家のものである証の。
「これでよかったんだ」
グライヤで今何が起こっているのか。それを知らなければならない。俺が、やらなければならない。
ハナは、金バッチを強く握り締め、固く目を閉じる。
「グライヤ……何かが、起ころうとしている」
どれくらいの時間がたったのだろうか? そろそろ退屈してきた頃、通路を挟んだハナの隣に千鳥足の男が座った。痩せぎすの目もうつろなその男は、ハナに気づき、絡んでくる。
「をやぁ? 君は、きれぇ〜な顔しているな。昔見た、小さい頃のハナ様そっくりだぁ。ハナ様はどっか連れていかれちまって、どんっだけ王都の人間が寂しい思いしていると思ってんだ! こんちくしょう!」
ハナは微笑み足元のおぼつかない男の体を支えた。
「大丈夫ですか? 椅子に座りましょう」
男は、こくこく、と頷く。
おとなしくもとの席に座った男の隣に腰を下ろしハナは聞く。
「ハナ様にお会いになったことがあるのですね」
男の顔がほころんだ。
「会った。というか見た。毎年、ハナ様が五歳になって連れていかれるまで、王都の祭りで、嬉しそうに民衆に手を振るお姿。王妃樣が亡くなられて沈んでいた人々の心を、どれだけ和ませていたか……」
男は、思い出に浸り涙をにじませる。そして、ぽつりと言った。
「王都も、もう終わりだぁ」
「終わり? ……あなたは王都の方なのですよね」
男は頷く。
「そう。弟夫婦の住む町で、作物が取れにくくなっているってんで、わずかだが食料を届けてやった、その帰りだ。だが、王都でも作物なんて取れないんだよぉ、もう。いろいろ集まってくる土地だから、それなりに不自由は無いだけでな」
そして、男は言った。
「国王がサーペントだからな」
「え?」
国王が、サーペント? 今、確かにこの男はそう言った。
「なんだ〜? そんなことも知らんのか兄ちゃん? 王都の人間はみんなそう言っているぞ」
そんなことは初めて聞いた、勿論ただのうわさだと思うが。
「王都の人たちだけですか? そう言うのは?」
少なくとも、リトンではそんなうわさは聞かない。気を使ってそういう話題を避けていてくれているだけなのかもしれないが……
男は答える。
「そうだなぁ。王都以外じゃ聞かないな。そもそも、あの、サーペントスレイヤーが初めて国中から集められた年から、国王の体調が優れないとか、そんな理由で、祭りも取りやめになっているし、姿も現さない。その頃から、国王はサーペントだってちらほら言われ始めたな」>
サーペントスレイヤーが国中から召集された年。ハナが五歳になった年。父王に対し様子が変だと、なんとなく感じたその年だ……
男は、独り言のように話し始める。
「あっ! そうだ、国王がサーペントなら何で、サーペント退治のためのサーペントスレイヤーを集めたりするんだ? あっ! でも、サーペントスレイヤーを王都で見たことあるやつなんていないじゃないか。城内にサーペントスレイヤーたちの住居があるとか言っていたが、怪しいものだな。きっと、国王がサーペントスレイヤーを食っちまったんだ。そうに違いない。んん? 軍は何をしているんだ! 中身はともかく、国王には攻撃できませんてか? うまいことやりやがったなぁサーペントも! これで、王都はもう終わりだ。ジャパオも、もう終わりだ!」
男がおとなしくなった。寝息を立てている。ハナは、席を移動した。
国王がサーペント。にわかには信じがたいが、火の気の無いところに煙はあがらない……やはり、出て来て正解だ。
ハナを乗せた汽車が王都に着いたのは、日が落ちてからだった。
見覚えのある広い駅舎で、汽車で会話したあの男は、すっかり酔いも醒め、すれ違いざま、ハナの肩をポンと、たたく。
「夜の王都は危険だ。気をつけろよ」
ハナは、駅舎を出た。石油灯のあかりのうすぼやけた街。
「王都って、こんな所だったけ?」
(なんか息苦しい……)
今日は、もう遅い、どこか宿泊できるところを探さないと。そう思い、ハナは、とりあえず歩き出す。と、ふいに、路地裏から、黒い影がハナの前に飛び出してきた。
シュッ! と、風を切る音。そして。ドゴ!
「ぐっ!」
ハナは、腹部を痛打されよろける。
「ちっ! はずしたか?」
つぶれた声聞こえてきた。その声の持ち主の顔をハナは確りと見た。男だ。若い。無精ひげ。いい体躯をしている。いやらしい目がむかつく。
「くそ。俺にパンチを食らわすようなやつは、リズムが最初で最後だと思っていたのに」
ハナはつぶやくように言った。暴漢は、ハナを睨みながら、脅しつけるような口調で言う。
「金。持ってるんだろ? 痛い目あいたくなかったら、置いていきな」
「もう、痛い目遭ってんだけど……」
「はあ? なんか言ったか? ぶつぶつ言ってねぇでさっさとだせよ」
暴漢がハナに手を伸ばす。
「うおっ?」
そう言ったのは、暴漢のほう。ハナは暴漢の腕を掴みねじりあげている。
「うっ! いっ……いててててててててて……!」
「ちっ! 情けねぇな。このくらいで音を上げるくらいなら、悪党なんてやめちまえよ!」
王子らしからぬセリフ。ハナは、暴漢を放す。暴漢はそのままへたり込んで、うなる。
「ヴヴヴヴヴヴ……いって〜よ〜」
「そのまま、そういうこと続けてりゃ、いつかもっとひどい目に遭うぜ」
ハナは、暴漢に背を向けまた、歩き出す。
「くっ……くそお!」
暴漢は勢いよくハナに殴りかかる。が、
「ぐっ!」
暴漢のうめき声。
「あっ! 悪ぃ」
ハナは、咄嗟に暴漢の顔面に蹴りを入れていた。どさっ……と、暴漢はそのまま仰向けに倒れる。
「えっと。大丈夫……かな?」
ハナは、心配げに顔を覗き込んだが、思い直し。
「自業自得。だよな」
(だけど……)
こういう状態に対し何の対策もとられていない現状。まさか、国王はこの現状を知らないわけではあるまい?
(一体。どうなされたのだというのだ。父王は?)
【対面】
寝覚めのよい雀たちが朝を告げる。ハナは、あの後ホテルを見つけて、無事暖かい布団にもぐりこむことが出来た。朝食も済ませ、ホテルを出る。濃い霧に包まれたジャパオの王都。
「ごほごほ……ってか、これ、ホントに霧か? なんか息苦しい」
昨晩、王都に付いたときも思った。息苦しい。と。
「よくもまあ、こんなところで生活できるな」
陰気な顔をした王都の住人たち。足早に職場へ急ぐ。ハナも、記憶をたどりながら王城へと向かう。そのうちに、門番の二人の警備兵の立つ大きな鉄製の門扉の前についた。
「こんなところだったような?」
警備兵の若い方の一人が慇懃に語りかけてくる。
「ここは、王城であります。何か御用でしょうか?」
やはり、ここで間違っていないようだ。
「あ〜俺だよ俺。分かるかな?」
「まっ……まさか! ハナ様」
年輩の兵は、ハッとする。ハナは、にっこり微笑んだ。
「おお! 分かんの? 何かちょっと感動だね」
「えっ! この方! 王子のハナ様? しっ失礼しました」
若い方の兵は、慌てて頭を下げた。年輩のほうの兵は、
「だが、どうされましたか? その格好は?」
「ん。まあ、いろいろあってね」
年輩の兵は、それ以上は聞かず、門扉の向こう側にいる男に声をかける。
「おおい! ハナ様がご帰城なされた。開けてくれ!」
「はっ! ハナ様だって!」
驚いた声が返ってきた。その後、門扉は、重々しく開く。ハナは、すれ違いざま、
「ああ。そうだ、知っていた? 王都の夜って危ないよ。夜警増やしたほうがいいと思うな」
そう言って、微笑みながら、門扉をくぐる。
「はっ! 貴重なご意見有り難うございます」
ハナの後ろで、多分二人の兵は、敬礼している。門の奥にいた、二人の兵のうち一人は、門の開閉レバーを動かし、もう一人が、ハナにつき従った。ハナは、金のバッチを取り出す。
「必要なかったな」
王家のものであるという確固たる証明。それは、忘れようも無い王子の顔。
ハナは、長いアプローチを進み、エントランスに足を踏み入れる。
「さて、国王様にまみえたいのだが?」
「少々お持ちください」
従者が、きびきびとした動作で、どこかへ去っていくとハナは城内をぐるりと見回した。
「ああ。思い出してきた。そうだ、ここだ、懐かしいな……」
ハナは、目を閉じ、思い出に浸る。しばらくして、従者はハナの元へ戻ってきた。
「参りましょう」
そう言った、従者の後をハナは歩く。そのうちに赤絨毯の引かれた場所につく。また二人の兵。
「この先に国王様がおられます」
従者は言い、二人の兵に後を頼み去っていった。覚えている。この先には、謁見の間がある。
「随分と、他人行儀だな」
ハナが思わず本音をもらすと、兵が言った。
「ハナ様、謁見の間には入室なされず、国王様には扉の前でお声をおかけください」
「はっ?」
兵士はなぜか押し黙る。ハナは、少しだけ睨みをきかせて言う。
「十年ぶりの、可愛い息子の顔を見たくないと?」
それには兵は、さすがに懸命に否定する。
「いえ! そうではありません。国王様は、ご気分が優れないご様子で、ここ十年は、どなたにも、その、ご尊顔をお見せになられていません」
「誰にも?」
「……はい……サーペントスレイヤー以外の方には」
ハナは視線を右下方に移す。そして、しばらくして、二人の兵に訪ねる。
「それを、変だと思ったことはないのか?」
二人の兵は、顔を見合わせた後、
「いえ。ありません」
きっぱりとそう言った二人の顔には、何故か困惑の色が浮かび、ハナにすがりつくような目をしている。ハナは、それが重苦しくなって目を逸らした。
「分かった。国王様がそういうのなら、そうしよう」
王子は、つかつかと奥へ進んでいく。やがて、金色に輝く観音開きの扉の前に立つ。それは、父と息子を隔てる壁。
「父上」
厳かに声をかけると、間もなく、奥から声が聞こえる。
「何か用かな?」
しゃがれて、くぐもった声。
(これが、父の声?)
ハナは気を取り直して、父に語りかける。
「ご気分が優れないのだとか? お声も、昔聞いたものとは大分違う。おいたわしや。どうか、そちらへ行って背中をさすって差し上げたいものです」
返事が無い。何か思案しているのだろうか?
しばらくすると、やはり、しゃがれた声で、ようやく、返事が来る。
「用は何だ?」
(またそれか)
ハナは、苛立ち始めた。
「少し、つれないのではありませんか? 体調がよろしくないのは了解していますが、私とあなたは、お互いたった一人しかいない家族ではありませんか!」
「体調がよくないことが分かっているのなら。用だけ言って帰りなさい!」
王も苛立っているようだ。だが、苛立ちは、ハナのほうが強かった。
ドガッ! ハナは、扉を蹴りつける。
ドガ! ドガ! ドガ!
「何をしている! やめろ!」
国王の哀願むなしく、
ドオーーン!
とうとう、扉はハナの前にその大きな口を開けた。つまり、蹴り開けた。と、言うことだが……
「何事ですか? ハナ様!」
兵が駆けてくる。
「来るでない!」
王は、慌てて、兵士がやって来るのをとめた。ハナは、兵士を見、柔らかく微笑み、
「そういうことだ。」
そう言って、謁見の間に入室し、扉を閉めた。
王は、背を向けて立っている。
「どういうことだ? こんな乱暴な……」
ハナは、質問には答えない。
「お顔を見せてくださいよ。父上」
「私は! 体調が優れないのだ! 用件を言って帰れ!」
「らしくない」
ハナは、つぶやいた。そして、わざとたっぷり間をあけた。
痺れを切らした国王は言った。
「そうか。そんなに見たいのなら見せてやろう」
国王は、ゆっくりとハナに向き直る。
「!」
紅い。あかーい。瞳。
(父の目はこんなに妖しい光を湛えていただろうか?)
見間違うはずも無い父の顔。その奥に、知らない顔がうっすらと浮かんでいるように思う。
――国王はサーペントだからな――
昨日の男の言葉がよみがえる。
(サーペント!)
「どうした?」
国王は、試すように笑った。ハナも、皮肉な笑みを漏らす。
「いえ。十年の歳月は、人の相を変えてしまうようですね。あの頃の思い出の父とは、やはり違う」
国王は、また背を向けた。
「これで満足だろう? 早く用件を言え」
「……はい。用件は二つ。ひとつは、月明瑞穂乃原野での油田開発についてです」
国王の肩がピクリと痙攣した。
「何? 油田開発?」
思わず振り返った国王の顔には、予想外の事実を聞かされた驚きが浮かぶ。国王の瞳孔は開き、見えない何かを見ている。
「父上? あなたが、それを許可されたわけではないのですね」
我に返った国王はまた、ハナに背を向ける。
「私が? ばかな! そんなこと許すはずも無い!」
「そうですか。では、おそらく油田開発の件は、私の思い違いなのでしょう」
ハナは淡々と言った。国王は、小刻みに肩を震わせている。
「どうなされました? 具合がよろしくないのですか?」
ピタリ。と、王の震えが止まった。
「……具合はよくないと初めから言っている。二つ目の……最後の用件を言いなさい」
ハナは、冷ややかに国王の背を見つめている。
「はい。二つ目の用件は、もう済んでおります。『お慕わしい父上のお顔を拝見したかった』……今日は、念願かなって、幸せでございます。では、ご要望どおり、そそくさと退散いたします。では、お体の回復祈っております。ご無理をなさらずに」
ぱたん。戸が閉まる。
ハナが退室した後。王は、玉座に座り込み、こぶしを握り、
「あの地を、汚す気か!」
たった一言、そう叫んだ。
退室したハナは、扉に凭れ掛かる。
「くっ……アレが、お父様だと?」
ギリ……と、歯軋りをする。
「……おぞましい……」
だが、いくつか分かったことがある。国王はサーペント。これは間違いない。
そして、月明瑞穂乃原野の油田開発のこと。王のあの驚きよう。これは、父王。いや、蛇王が指示したわけでも、許可したわけでもない。では、誰が? 国王の意向も聞かず、決定を下すことの出来る人物。絶対的な権力と信頼。ハナは、額に手を当てる。
「なんとなく。思い当たる人物が一人……」
だが。
「まさかな……」
わからいことだらけだ。というか、ここにきて、わからないことは増えた。
ハナは、一つ肩で大きく息をつく。
「とりあえず。中央官庁へ出向いてみるか」
今回の油田開発を指示したやつは誰か? それくらいは分かるかもしれない。
(俺がやらなければ)
あの状態では、父は頼れない。
(まったく。何が起こっているのだ)
ハナは、扉から離れ背筋を伸ばし歩き出す。少し進むとさっきの二人の兵士の後姿。何か聞こえる。
「おやめください。モリ殿」
「いや。やめません。国王様は今、謁見の間におられるのでしょう? 先客の御用が済んでからでよいのです。あわせてください。聞きたいことがあるのです」
兵士が困惑している。
黒いスーツが見えた。兵士の前で、一人の眼鏡をかけたスーツ姿の男が、土下座をして何かを懇願している。
(モリ? 聞いたことの無い名だ)
上げた顔は、若そうに見える。二十代中頃。と、言ったところだろうか?
ハナはその方へつかつかと進んで行き、声をかける。
「よろしければ、私が話を聞きましょうか?」
ハナは、モリと呼ばれた男にとびっきりの笑顔をむける。
「あっ……」
突然現れた見慣れぬ少年。だが、軽くあしらうわけもいかない圧倒的な高貴な存在感。
モリは、当然戸惑い、兵士は、敬礼をする。
「王子。御用は済まされたのですか?」
ハナはまた微笑む。
「ああ。おかげさまで」
「王子!」
モリは、驚きを隠すことなく、ハナの顔を凝視している。再びハナは、モリに微笑みかける。
「私ではお役に立てませんか?」
【ミズキ】
「申し訳ありません。王子様は城にはおられないと聞き及んでいましたので、お顔を拝見いたしましても、すぐには気づかず……挨拶もよこさない無礼な男だと思われたでしょう?」
気に病むモリをなぐさめるようにハナは微笑む。
「そんな些細なことは気にしませんよ。あなたも私も、大いなる自然に対し抗うすべを持たないちっぽけな人間同士……仲間です。気兼ねなさらずに」
二人は、エントランスホールの丸テーブルを囲むソファに腰掛け、向かい合っていた。
モリは、眼鏡を右中指で押し上げる。
「そのようなお言葉。余計恐縮いたします」
本気で緊張している様子のモリをほぐすため、ハナは声を立てて笑う。
「ふっ……あははははははは……ごめんごめん。で? 父に聞きたいことがあるとか?」
「はあ……」
ハナの人懐っこい態度に少し緊張も和らいだ様子のモリは、思いを吐露しだす。
「実は私。このたび初めて、一人のサーペントスレイヤーの育成を任されることとなったのです」
モリは、ミズキとの出会いから、そのミズキが国王と二人っきりの謁見の間で侵入者に拉致されたことなど、すべてのいきさつを自分の感情も交えながら語った。
「私は知りたいのです。ミズキくんがどんな人物に連れて行かれたのか。その特徴を……それは国王様しか知りえないことですから」
「だが、国王様は会ってくださらない」
ハナの指摘に、モリは頷く。
「はい」
「ふむ」
ハナは考え込むような仕種をし、ゆっくりとした口調で問う。
「国王は、サーペント……うわさは知っている?」
モリは、困惑する。
「うわさは。耳に挟んだことがあります」
ハナは、少し困ったような笑顔を見せた。
「ごめん。なんか、困らせるような質問したよね」
「あっ……いえ……」
ハナはまた考え込む。
(都民はともかく、役人たちが王を疑うことなど許されない。そんなことは百も承知じゃないか)
ミズキ……サーペントスレイヤー。その口ぶりから察するに、モリは、一度、サンシ村で、ミズキを拉致している軍服の男を疑っているようだ。
ミズキの父もサーペントスレイヤーであるという事実以外、その少年は、普通の村の普通の家庭に育った、普通の少年だという。
モリは、うつむき加減に話す。
「幼いあの子を、ほとんど強引にこの城に連れてきたことも、今となってはよかったのかどうか分からないのです。これが、この大地をサーペントから救う唯一の手段だと思っていたのですが……」
応えるようにハナはつぶやいた。
「そんなことではどうにも出来ないほどの何かが起きようとしている」
モリは驚きの視線をよこす。
「そうです! 私は根拠も無いのにそんなことを思っていました」
根拠……根拠はある。国王に取り憑いたサーペント。
モリは、少し言い難そうに話し出す。
「実は、昔聞いたことがあるのです。元兵士の男に……それは、十年前のサーペントスレイヤー全国一斉召集のときの話でした。男は、彼らが国王様の待っておられる謁見の間に向かった様子を確りと見ていました。しばらくして、サーペントスレイヤー達は突然城を飛び出すように逃げ出したのです。幾人かは、捕らえられましたが、後は逃げ延びました」
そういう事件があったことさえ、ハナは、知らなかった。モリは続ける。
「彼らは、己のサーペントと戦う運命を呪い、怖気付き逃げ出したのだとして、世間にはこのことは伏せられたそうです。それでも、未だ彼らの行方は捜索され続けています……でも何故。彼は逃げ出したのでしょうか? 本当に怖気付いたせいなのでしょうか?」
モリは、ハンカチで眼鏡を拭き、まだ続ける。
「今、城にいるサーペントスレイヤーは、国王に謁見の間で会った後、国王自身により、我々さえも知らない城内にある住処へと案内され、それ以来姿は見せず隠密裏に行動します。ですが……本当に活動しているのでしょうか? たびたび報告される、サーペントスレイヤーによるサーペント退治は、むしろ、逃げ出したサーペントスレイヤーたちの手によるものなのではないかと……」
どうやらモリも、心のどこかで、国王のことを疑っているようだ。
モリは、今度は汗を拭き、苦笑いをした。
「おかしな妄想ですよね……」
妄想……本当に妄想なのだろうか? 蛇王に会い、拉致という形で逃げ延びた少年ミズキ。
(もしかしたら、彼なら何か知っているかもしれない)
探してみる価値はありそうだ。そう思い、ハナは、ゆっくりと立ち上がった。
「父は、おそらく私にさえ何もおっしゃられないでしょう。ですが、私がそのミズキくんを探してきますよ」
モリも慌てて立ち上がる。
「いえ! 王子! あなたにそのようなことをさせるわけにはいきません」
ハナは愉快そうに笑う。
「ふっ……あはははは。今、自由に動けるのは私だけ。私が、自由に動けるのは今だけ。それにミズキくんにも興味があるのです」
「で……ですが……」
不安げなモリを見つめ、ハナは不適に笑う。
「俺はこう見えてもタフだよ」
「!」
あまりにも色々な表情をみせる王子に、ただただ驚き続けているモリを見て、ハナは少し愉快になってきていた。だが、いい大人をからかっている場合じゃない。ハナは、まじめな顔を作る。
「モリさん……もし、姿も現さない国王ではなく、王子である私を信じてくれるのなら、私が帰ってくるまでの間に、城を探っておいてくれませんか?」
「何故ですか?」
じっと、見つめてくるモリに、ハナは、弱気な笑みを見せる。
「分かりません……城に何かあるのかもしれない。でも、何も無いかもしれない。それでも……調べてみる価値はあると思うのです……私には、今、頼れるのはあなたしかいないですし……」
ハナに頼られたモリは、表情を引き締め、深く頷いた。
「ハナ様。もう、お戻りになられるのですか?」
アプローチを歩くハナを見つけ、門扉の開閉役は声をかける。
ハナはにっこりと笑う。
「ああ。門を開けてもらえるかな?」
「お名残惜しいですね。少々お待ちくだされ」
門は、音を立てて開く。ハナは、じゃあ、と声をかけ、城の敷地内からでる。
その時、タッ……と、ハナの脇をすり抜ける、子供。
「待て!」
子供は門番の警備兵にあっけなく取り押さえられる。
大事そうに、一本の剣を抱きしめている、その子供は、警備兵の腕の中でもがく。
「お願いします。放してください! 僕! 王様に用があるんです! 僕は、この前、モリさんにここに連れてこられた、サーペントスレイヤーのミズキです!」
「ミズキ!」
ハナは思わず叫んでいた。少年ミズキと、王子ハナの目と目が合う。
細かな塵の混じった温い風が、柔らかなミズキの髪と、ハナの絹糸のような髪を同時に揺らす。
サーペントスレイヤーのミズキなんて、世の中にたくさんいるものじゃない。
間違いない。だが……ハナは、思わずつぶやいた。
「あまりにも、タイミングがよすぎないか?」
〜それが運命〜
(スノーテの詩集第三巻)より