【集合】
二時間待って戻ってこなかったら、もう来ない。彼は、僕とは違う道を選択した……そういう事だ。
相変わらず息苦しい霧に包まれた王都。ミズキは、たった一人で王城の鉄門の前に立ち、きゅっ、と、顔を引き締め深呼吸をする。
「ミズキです! 戻ってきました! 国王様とお話しするために!」
二人の門番は怪訝な顔でミズキを見ている。そのうち、一人の門番がたずねる。
「城の関係者の許可でもあるのかな?」
「私が許可をします」
どこかで聞いたことのある声に、ミズキが振り向くと、そこには、
「モリさん……」
「久しぶりだね。ミズキくん」
そう言って、モリは、少し悲しげに微笑んだ。
門番は、モリの姿を認めると向こう側の兵に声をかけ門を開けてもらう。
「さあ、行こうか」
柔和な笑みを見せたモリの後を追うように、ミズキは門をくぐった。モリは、振り返らずに言う。
「私は、秘書官として城に勤めて三年。私の望みは我が故郷を破壊したサーペントを倒すことの出来る勇者、サーペントスレイヤーと仕事をすることでした……」
そして、モリはゆっくり振り返り続ける。
「今日はその念願がかなって、私は幸せです」
ミズキは、泣き顔になる。
「でも僕は!」
モリは、頭を振った。
「分かっています。あなたのことは、ハナ様から贈られてきた手紙に書かれていましたから……私は、ミズキくん……君の味方ですよ……ただ、ハナ様がここにおらっしゃらないのが非常に残念ですが……」
ミズキは寂しそうに俯き、
「…………あの、国王様とお話できますか……?」
たった、それだけのことを言った。
「君になら国王様もお会いになるだろうね。中にはいって待っていて」
モリは、追求はせず、足早にその場を去った。
「私を殺しに来たのかな?」
少し寂しげにも見える顔で、蛇王は問うた。
ミズキは、あの時とはまったく違う心境で、再び謁見の間で蛇王に対峙し、その姿を、まっすぐ見つめている。
そして、不意に、悲しげな瞳になり、ミズキはゆっくりと、蛇王に語りかける。
「僕は、あなたの声を聞きに来たんです……対話師として」
蛇王の顔つきが変わった。
ミズキは続ける。
「ごめんなさい……僕たちは何も知らなかった。知らなくて、あなたを傷つけた」
信頼していたはずの者たちに裏切られたときの気持ちは、どれほどのものであっただろうか?
蛇王は、うつむき何も答えない。
「今更だ。虫が良すぎる」
蛇王の声ではない。ミズキの背後から聞こえた。
ミズキと蛇王は、扉のほうへと視線を移す。そこには、全身黒に包まれた、不気味な見知らぬ男が立っていた。
エンとカイ、メイビの三人は同時に駆け出し、王城を囲む高い塀を身軽に乗り越えた。
「し! 侵入者だ!」
けたたましく鳴る警報。三人はそれには気を留めず正面玄関へと向かう。
「と! 止まれ! 止まらんと……」
一人の兵士が、小さな銃を取り出しカイに向けたが、カイは臆せず高く飛び上がり兵士の手元を蹴り飛ばした。蹴られた兵は、銃を取り落とし衝撃で吹き飛ぶ。
三人が、城内に入ると、騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってきていた。中でも一番年輩に見える男が、片手を挙げ号令をかける。
「取り押さえろ!」
兵士たちが、警棒を構えて突進してくるのをカイは俊敏にかわし、拳ひとつで鮮やかに仕留めていく。エンは、鞘をつけたままの剣を振り回し、兵と打ち合う。メイビは、身軽に兵たちをかわしていくが、不意に、背後から捕らえられた。首に回る兵士のたくましい腕にメイビは、果敢にも噛み付いた。
「ぐわっ!」
痛みに、兵士は思わずメイビを捕らえる手が緩む。
同じく、騒ぎを聞きつけてきたモリは、
「ああ……これはいったい何事なのでしょうか?」
信じがたい状況に、嘆き、この混乱を鎮めようと息を吸ったが、それより早く、あるよく響く声が飛んできた。
「静まりなさい!」
それほど大きくは無いがよく通るその声は威厳に満ち、城内をピリリと引き締めピタリと、騒ぎを止めた。
「ハナ様……」
姿を見たモリの目が輝く。ハナは、サテンの白いシャツに深い緑のズボン、靴も、黒い革の靴に変わっている。そして、胸元には王家のものである証の金色のバッチを光らせ、威風堂々と立っていた。そんなハナは、カイ達に視線をやる。
「君たちはもしかして、サーペントスレイヤーか?」
「そうだ」
カイが、認めると、ハナはモリに聞いた。
「ミズキはもう父と?」
モリは重々しく頷く。
「では、君たちもついてくるといい」
そういって、歩き出すハナの後をカイたち三人は拒むことも出来ずついていく。モリは、カイが横切るときに声を掛けた。
「あなたたちの仲間は、私の独断で逃がしましたよ」
少し驚いた顔をしたカイは、いろいろと察した様子で、小さく頷いた。モリの言う仲間とは勿論、囚われていたサーペントスレイヤーのことである。数日前。城内にある地下への入り口が全て厳重に警備されていることを知ったモリは、資料室で城の平面図と睨めっこして、おそらく蛇王の気づいていない地下へと続く隠し扉を見つけた。そして、知った。囚われのサーペントスレイヤーの存在を……
モリは、胸に手をあて心から祈る。
「ハナ様……ミズキくん……どうかご無事で」
【サーペント】
「お前は?」
蛇王も、その男に見覚えが無いらしく、怪訝な顔でたずねた。
「初めまして、サーペントの王。私もあなたと同じサーペント、名はロウゲツ。あなたがその体をのっとるより前から私は人間の体に入り、たくさんの事を見てきたのです……さあ王よ今こそ力を合わせ、人類を滅ぼしてやりましょう」
ロウゲツと名乗った男は、無表情のまま語った。
蛇王は、眉間にしわを寄せる。そして、静かに言った。
「……私は……私は、もう少し……人を、信じてみたいのだ……」
「王様!」
ミズキの瞳は希望に輝いた、が、ロウゲツはそれが気に入らなかったらしく、蛇王を否定した。
「甘い! あなたは人類に甘すぎるのだ……やはり、今日ここに来て正解だった……あなたを倒し、私が新たな王となる!」
「まっ! 待ってくださいロウゲツさん!」
ロウゲツの冷ややかな瞳に、ミズキは射竦められ口ごもる。ロウゲツは、蛇王に視線を戻す。
「私が、何故この体をのっとったかご存知ですか? 私は、あなたに早く決断をしてほしかったのだ。そのために、私はこの体を使って人類をそそのかした『あの森を壊せ。あの海を潰せ。あの平野を荒らせ……』と……さすればさすがのあなたも、立ち上がってくれるだろうと……」
「そういうことだったのか。ロウゲツ」
聞き覚えのある声にミズキはハッとする。
移した視線の先に立っていたのは……
「ハナ!」
ハナは、ミズキに微笑みかけ言った。
「置いていくなよな、ミズキ……」
ハナの後ろには、思いがけない面々、カイとエンにメイビの姿。まさか、こんなところで再開するとは思わなかった彼らに、ミズキは少し緊張した。
ロウゲツは、ハナの姿を認めると向き直り、語りだす。
「勘違いしないでくださいよ、ハナ様。人類は、私の手を借りなくともいずれ、同じ道を歩んでいた。私はそれを早めただけだ……」
「一体、何の話をしているんだ?」
エンの疑問に答えるものはなく、ロウゲツは蛇王に向き直りすばやく風を起こす。鋭い風は蛇王を標的にする。慌てて構えた蛇王の体に小さなミズキは体当たりをした。よろけた蛇王の変わりに、ミズキが風に切り裂かれ吹き飛ぶ。
「うわあああああ!」
叫びながら吹き飛んだミズキは、地に倒れた。
「ミズキーー!」
ハナは、ミズキに駆け寄り抱き上げ、懸命に声を掛ける。
「ミズキ! ミズキ! 確りしろ! ミズキ!」
返事は無い。ミズキは気を失っているようだ。
「ああ! 何をするのだ! あの子は……」
蛇王の声にかぶさるように、エンが大きな声でミズキに語りかけた。
「ふざけんなよミズキ! こいつはサーペントなんだぞ! お前は、泣き虫のくせになんで……なんで身を挺してまで!」
「ミズキが泣き虫なのは、優しいからだよ」
静かに、だが力強い声のハナに、諭すような調子で言われたエンは思うところがあったらしく、考え込むように大人しくなった。
メイビは、切ないような表情で、意識をなくしているミズキを見つめる。
カイは、ロウゲツから目を離さないでいる。
ロウゲツは、蛇王に攻撃が当たらなかったことも、見られていることさえも気にせず、再び風の攻撃を仕掛ける。
蛇王は、動きが鈍いのか避けきれずロウゲツのおこした切れ味鋭い風に体中を傷つけられたが、そのまま、叫びながら反撃の稲妻を手から放った。
「私は人類に甘いのではない! 私は人をグライヤと同じくらい愛していたのだ! いや、サーペントは本来自然と人とを愛するように出来ているのだ!」
敏捷なロウゲツにひらりと避けられた稲妻は、破壊音を立て、扉近くの壁を粉々にする。そのときには、もう、ロウゲツは蛇王の目前まで移動しており、そのまま鋭い牙でもって、蛇王の首筋に噛み付いた。
「ぐわああああああ!」
激痛に叫ぶ蛇王の首筋から離れたロウゲツは、今度は肩を噛み千切る。
「おおああ!」
「やめろ! ロウゲツ! やめてくれ!」
ハナの懇願むなしく、ロウゲツに蹴り飛ばされた蛇王は、壁に強かにぶつかり、その場に倒れた。ハナは、すぐに駆けつけ声を掛ける。
「確りしてくださいよ! すぐに手当てを!」
鮮血に塗れた蛇王は、朦朧とする意識の中でハナに語りかけた。
「……すまない……君からは、大切なものを奪ってばかりだ……友に……父に……」
「何を言っているのです! ミズキは少し気を失しているだけです。この体のことは……もういいのです……あなたは、生きなければ……生きて我々と……」
ハナの懸命の呼びかけむなしく、蛇王は脱力し、そのまま動かなくなる。
「っ! 父さん!」
ハナは、血まみれの蛇王の……父の体を強く抱きしめた。
「アーーハッハッハッハッ……」
突然の高笑いの後、ロウゲツは両手を高く掲げ恍惚と語る。
「これで、私が新たなサーペントの王だ! すべてのサーペントは私の意志にこそ従う!」
「ロウゲツ! 何故、十年も共にいて、私に何も教えてくれなかったのだ!」
怒りにも近い感情をぶつけたハナに、ロウゲツは、しれっとして言う。
「すべてを知ったあなたは、何かを変えることが出来たでしょうか?」
言い返す言葉が見つからないのかハナは答えない。おそらく何も出来ないでいただろう。それでも、今は……
「今からでは、遅いのか? ロウゲツ?」
「今更ですよ。ハナ様。愚かな人類は、また何度でも同じ過ちを繰り返すのです。驕り高ぶった人類は、すべての支配者のつもりで、すべてを壊す! だから私は、人類をグライヤから排除する!」
ロウゲツの言葉に、ハナは悲しげに頭を振る。
「確かに、我々はひどく愚かだ。いろんなものを傷つけてきた……だが、人間は、とことんやさしくなれる存在なのだと信じている! 俺は!」
ハナは、立ち上がり、思いのたけをぶつけるように叫んだが、ロウゲツには届かない。
「あなたは、王子には向いているが、国王には向いていないようですよ」
そう言って、ロウゲツはハナに攻撃を仕掛ける。猛スピードで襲い掛かってくる、かまいたちをハナは俊敏な動作で転がり避ける。カイと、エンは剣を構えたが、ハナは応戦を拒否した。
「こいつは、俺がやる! 剣を貸してくれ!」
気迫に、否とも言えず、カイは、己のもう一本の剣をハナに投げ渡す。それは、一度はミズキの手に渡った、サーペントスレイヤーの力が込められた細長い剣。
ぱしっ。と、剣をキャッチしたハナは、鞘を抜き捨て、ロウゲツにむかって行く。
「サーペントスレイヤーでもないあなたが、私を倒せるとでも?」
冷笑を浮かべながら、ロウゲツは、ハナの突きをひらりとかわし、また風を起こす。刃のような風を、かろうじで身をかがめ避けたハナは、ロウゲツの足元狙って剣を薙ぐが、それも飛び退り避けられた……微妙な間合いが開き、二人は睨み合う。
そんな二人は、ミズキの父の形見の剣が淡い光を放ったことには、気づかなかった……
――キ……ズキ……ミズキ……ミズキ――
声が聞こえる……ああ、父さんの声だ……ミズキ? ミズキ? そうだ、僕はミズキだ……
――そうだよミズキ。聞こえているね? ほら、ミズキいつまで寝ているんだ? 何のためにここまで来たんだ? ミズキの正義を貫くためじゃなかったのか?――
そうだよ父さん。僕は……
――だったら早く、起きないとダメだよ。今、彼らは、悲しい戦いをしている。だから、今こそ、ミズキの力が必要なのだから……父さんは、ちゃんと見守っているから……ホラ、ミズキ――
そうだ、起きなきゃ……起きなきゃ……起きなきゃ……起きな……
ミズキは夢から覚める。
ハナは、再び地を蹴り、ロウゲツに切りかかる。ロウゲツも再び暴力的な風を起こそうと構えた。……と、その時……
「待って! ハナ!」
ピタリ。と、一瞬、ハナは動きを止めたが、ロウゲツから放たれた鋭い風を横に飛び退き避け、声のしたほうへと視線をやる。そこには、ミズキが、父の形見の剣を握り締め立っていた。
「ミズキ!」
「ごめんね。ハナ。ここは僕に任せてほしいんだ」
泣き虫ミズキの顔は、どこかに捨ててきたのか、きりりと、大人びた表情を見せてまっすぐに、迷いの無い瞳で言うミズキを見て、ハナは、何も言わず剣をおろし、数歩後退した。
「私にガキの守をしろというのか?」
つまらなそうに言うロウゲツに、ミズキは、一歩一歩、確かめるように向かっていく。父の形見の剣を握り締め、瞳を閉じながら……
(父さん……聞こえる? 見守っていてね)
そして、ミズキは、ロウゲツをまっすぐ見据え、地を蹴り駆け出す。
「ふん。いいだろう。その勇気に免じて、一思いにその喉、噛み千切ってやる!」
ロウゲツは言い放ち、ミズキに突進していく。そんなミズキとロウゲツの目と目が合った瞬間、ミズキは、手にしていた剣を後ろに投げ捨てた。
「ミズキ!」
エンと、カイにメイビは、理解しがたいミズキの行動に面食らい、とっさに剣に手を掛けたが、すぐにその手を剣から離す。
ロウゲツは、動きを止めている。真っ青な顔になり、冷や汗をかきながら……
「な……何故、体が動かない?」
混乱しているロウゲツにミズキは、目前まで迫る。そして抱きしめる。冷たいからだのサーペントを。
「なっ!」
目を見開き驚くロウゲツに、ミズキは申し訳なさそうに、でも、優しく語り掛ける。
「ごめんね。僕たちは君を、ここまで追い詰めたんだね……ちゃんと聞くから……君の声」
ぼんやりと温かく、そして確かな心でミズキはロウゲツを包む。
「な……何故だ?」
遠い日の、サーペントと人が真の友であった頃のことを思い出したのか、ロウゲツは、いつもの冷たい響きのこもる声ではなく、どこか、人間味のある声でそう言った。
ミズキは、そんなロウゲツに、まるで傷ついた友人に語りかけるように話し続ける。
「君は、グライヤを守りたかったんだよね? 僕もだよ、僕も守りたいんだ……大切な人たちの住むグライヤを……だから、一緒に、僕と一緒に……ううん。僕だけじゃないよ、ハナだって、君の味方だもん、絶対! だから、声を聞かせて? これから、僕たち人間はどうすればいいの?」
そのセリフは、子供だから出てきたのか、それともミズキだからなのか? 偽りの無い柔らかな心の声が、ロウゲツの凍った魂にも真っ直ぐ響いたのか、
「あああああ……」
情けない声を出し、その場にうずくまったロウゲツは、屋根に阻まれ見えないはずの蒼穹を見上げ、夢を見ているような口調で語りだす。
「忘れていた……何故戦っていたのか……私は、グライヤを! 愛すべきグライヤを……」
「守るために戦っていたのだ!」
そう叫びながら、まばゆい光に包まれたロウゲツは、その姿を元のサーペントへと変え城の天井を次々と突き破り、空高く舞い上がり、やがて、姿を消した。
しばらく穴から見える空を眺めていたハナは、ミズキの傍により聞く。
「どこへ行ったのだろうか?」
「きっと、本当の自分の居場所へ戻ったんだよ」
それだけ言うと、ミズキはふっ、と、意識を失い倒れた。ハナは、ミズキが地に打たれる前に受け止め、つぶやく。
「ミズキ……」
エンとメイビは、ミズキを責めていたことを思い出し、心がさいなまれるのか、俯き、黙していた、が、カイだけは、優しい目で、そして、どこか、敬意のこもった瞳で見つめながら、意識の無いミズキに語りかける。
「これが、ミズキ……お前の探していた道……答えなのだな……ああ、よく、頑張ったな……ミズキ……きっと、お前は、リュスイの……親父の誇りだ」
【始まり】
「本当に行くのか? ミズキ」
玄関前で、らしくなく、いつも強気な姉アカリは、弱気な顔と声で言った。
ミズキは、晴れがましい笑顔で答える。
「うん。ロフェイスへ行って、たくさんのことを学んで……立派な、ちゃんとサーペントと信頼関係が築けるような対話師になれるように頑張りたいんだ……これはね……僕が、僕自身の心が決めたことだから……」
……あれから、一年がたった。
グライヤはハナが国王となり、変わっていった。
王都の祭りが再開されたこと。未だ警備こそ厳重だが、グライヤに住む者なら誰でもロフェイスの大図書館が、利用できるようになったこと。忘れられた対話師の存在を、グライヤ中に知らしめたこと。対話師の育成に力を注ぎ始めたこと。そして、王城にも対話師が置かれたこと。
グライヤが変わっていく。まだ始まったばかりだが、自分も何か始めなければと、ミズキは思うようになっていた。だから……
「いつの間に、そんな立派なこと言うようになったんだよ。姉ちゃん寂しいぞ!」
次姉のアカリは、泣き笑いの顔でミズキの頭をくしゃくしゃ、と撫で回した。
母、ローズは、真夏の太陽のようなカラッとした笑顔で、ミズキを送り出す。
「行っておいでミズキ。うちのことは心配しなくてオッケーだからね」
「たまには帰ってくるのよ? ミズキ?」
そう言って長姉のセイラは、ほころび始めた小さな花のように、控えめに微笑んだ。
「行ってきます!」
大きな声でそういったミズキは、姉や母に頭を下げ、駆け出す。
相変わらずの澄んだ風が吹くサンシ村。ミズキは愛すべき村を去る前に、村を一望できる。あの、一本杉の丘に立った。
いつも、ここから始まった。そして今日も……
「いいところだな。サンシ村は」
「え?」
思いがけない声に、ミズキが振り向くと、そこには、いつもの柔らかな笑顔を湛えたジャパオの王子ハナの姿があった。
「ハナ!」
ハナは、やはり微笑を崩さず、ミズキに語りかけた。
「待っているよ。ミズキが、大人になって、対話師として、私の助けをしてくれる日を」
それは、友として、そして国王としての言葉。
ミズキは、思いに応えるように穏やかに笑み、深く頷いた。
突き抜けるような青い空と、命を育む淡い光放つ太陽が二人に約束の証人。
胸を打つほどの鮮やかな緑たちは、ざわざわと、生まれてきた喜びを語り合い、風が、虫が、鳥たちが、グライヤを称える歌を歌う。
そして……
ただ 駆けろよ グライヤの少年よ
是非、また、お越しいただければ幸いです。